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【朗読】43)『アミ3度めの約束』第2章 クラトの秘密③

エンリケ・バリオス著の『アミ3度めの約束』の朗読と個人的な感想です。







【文字起こし】

(漢字表記も含め全て原文のままです)


第2章 クラトの秘密 ③


 まどの外にビンカの惑星が大きく見えてきた。そしてすぐに、ぼくたちはその巨大な青い球体の中へともぐりこんでいった。

 そう、地球にとてもよく似た惑星、キア……。


 まるで自分の考えを確かめるかのように、ビンカがひとりごとを言った。

 「わたしの惑星は美しい。でも、幸せな気持ちでここにサヨナラできるわ。だってペドゥリートへの愛のほうがずっとつよいんだから」

 ぼくは彼女のそばに行ってほおにキッスをした。

 「ビンカ、きみがこの惑星を捨てて地球に行けるかどうかは、いまからスクリーンにあらわれるこのキア人よりずっと愛想のない、きみのゴロおじさんしだいだよ」

 数分後、モニターのひとつに、ゆううつそうな顔で畑の中を散歩している、老人クラトがうつしだされた。ぼくは彼を見てとてもうれしくなった。

 灰色のマントを着て、いっけん、聖書に出てくる聖人のようだった……(といっても、彼は聖人とはほど遠いけれど)。

 すぐにクラトの家の上空付近につき、前の旅のときとおなじ地点に停止した。そうじゅう桿のランプは消えているからまわりからは見えない状態になっているはずなのに、前とおなじように、そこに住んでいる動物たちは、ぼくたちの存在を感じ取って、動揺を見せていた。それはクラトにアミがきたことを知らせる役目を果たしていた。

 クラトの表情はがらりと変わって、顔に赤みがさしてかがやいて見えた。ぼくたちのほうを見て、うれしそうに手を振った。彼はアミがいつも視覚不可能な状態にして空中に円盤を停止しておく場所をちゃんと知っていたのだ。 

 ぼくたちは円盤をおりてまっすぐ彼のところへ行き、だき合って再会をよろこんだ。トゥラスクは長いくびを上下に動かし、ぼくたちをなめ、そしてよろこびのあまり遠吠えをした。ぼくたちもトゥラスクほど表現豊かではないけれど、気持ちはまったくおなじだった……。

 「きみたちがいなくてとてもさびしかったよ。だからこれからはもうずっと、きみたちといっしょに住むことに決めたんだ。テーブルにきみたちめいめいの席をつくったよ。毎晩、語り明かそう、ホッホッホッ!さあ、中に入って、ちょっと見てごらん」

 と言って、クラトはぼくたちを小屋の中にとおした。

 ぼくにはクラトがなにを言っているのかよくわからなかった。

 彼はぼくたちを丸いテーブルに案内した。とても大きな木をばっさりと輪切り状にしたもので、それがいなか風の木製の脚の上にのっていた。

 四つのイス、四つの皿、四つのコップ、そして四人分のフォークなど……。どれもほこりをかぶっていた。一人分をのぞいては……。

 「どう?ここがアミの席だ。わしの正面だよ。子どもたちはとなりだ。このかわいい女の子はわしの右、“べドゥリート”はわしの左だ。ここでなんと楽しい会話をしたことか、発酵させたジュースを飲みながらね、ホッホッホッ!でもビンカはわしのパイプのけむりがきらいだから、もう吸うのはやめたんだ。そうでもしないと、この子にこの小屋を追い出されてしまうからね、ホッホッホッ!」

 これにはぼくもなみだを誘われた。クラトはぼくたちへの愛情から、そして自分の孤独をまぎらわすため、ぼくたちがいっしょに住んでいるように想像し、毎晩、まるでぼくたちがそこにいるかのように夢想にふけり、ひとりで話をしていたんだ。

 アミの目にもビンカの目にも、キラリと光るものがあった。ぼくもおなじだった。

 ぼくはなんども、クラトははたしてぼくたちのことを思いだしているだろうかと考えたものだった……。

 ビンカはやっと自分の感情をコントロールできるようになると、

 「それ、じょうだんなんかじゃないわ。だって、わたし、ペストソ(キアの言葉でタバコ)のけむり、とてもがまんできないの。でも、どうしてわかったの?……」

 「なーに、たんにわしのもっている特殊能力のおかげだよ……ホッホッホッ」

 アミはちょっと感じ入ったように、

 「ほんとうにみんな、彼といっしょだったのかもしれない……」

 「ペドゥリートとわたしが、想像のなかで毎晩いっしょにいたのとおなじような感覚なのかしら?」

 ビンカが言うと、アミはうなずいた。

 「そのとおり!それとおなじような感じなんだ。たとえいま、思いだせないにしても」

 ぼくはクラトをよろこばせてあげたかった。少しこうふんぎみに言った。

 「クラト、クラトはぼくの世界でとても有名だってこと知っている?」

 「エッ!グッ……わしが?……ほんとうに?……」

 「ほんとうだよ!」

 「わしのどの偉業のことかな、たくさんあるうちの……ホッホッホッ!」

 「例の羊皮紙だよ。どうやって愛を手に入れられるかが書いてある……おぼえているだろう?たくさんの子どもたちがあのコピーを配ってまわったり、学校の掲示板に貼ったり、雑誌に出したりしたんだよ」

 彼はまじめな表情になると、感動したようすでぼくをじっと見つめた。はじめて見せるクラトの表情だった。

 「それ……ほんとう?……」

 「アミに聞いたらいい。ぼくはクラトに会ったあとで本に書いたんだ。大成功だったよ。何カ国語にも訳されてね……」

 クラトは信じられないという顔でアミを見た。

 「ほんとうだよ、クラト」

 とアミが言うと、

 「キアでも有名よ。だって、わたしもペドゥリートとおなじく、クラトのメッセージをわたしの本にのせたもの。わたしのほうも大成功よ。三冊めの本では、はっきりどこに住んでいるのか書くつもりよ。そうなったら、たくさんのひとがクラトに会いにくるわ……」

 とビンカもうれしそうだ。

 クラトの目にいっしゅん、暗いものがよぎった。

 「ダ、ダメだよ。ダメ、ダメ」

 「どうして、ダメなの?」

 とぼくは少しおどろいて彼に聞いた。

 「もし、わしがひとと会うのが好きだとしたら、とっくに都会に住んでいるよ……」

 アミはわざと意地悪っぽく言った。

 「クラト、ひょっとしてなにかから身をかくしていたいの?……」

 老人はおどろいてとびあがった。

 「身をかくすって?……わしが?……ハッハッ、いったいなにから?わしはただ孤独が好きなだけだよ……」

 「孤独が好きなら、ぼくたちといっしょに生活することなんか考えつかないだろう?うそつきクラト。いったい、なにからかくれていなければならないんだい? エッ?」

 とアミは笑って言った。

 「わし?さっき言ったとおりだよ、なにからも……」

 「ぼくにはひとの考えていることが読めるってこと忘れないでね、ぼくはよーくきみの過去を知っているよ……」

 「エッ!? あー!……うわー!!忘れていたよ。じゃ、みんな知っていたのか!?……で、でもけいべつしないでくれよ……うん、ありがとうアミ、……でも子どもたちにはそのこと、言わないで!たのむ……」

 アミは大笑いした。でもぼくたちはとても好奇心をくすぐられた。

 「子どもたちには知らせないほうがいい?」

 クラトはますます神経質になっていった。

 「そのほうがいい……。うん、そのほうが。なにか別のことを話そう、エ……そ、そう、旅行はどうだった?……」

 かわいそうなクラト。ビンカには、話題を変えるつもりは毛頭ない。

 「ダメ、ダメ、わたし知りたくてしかたないわ。ねえ、なにをかくしているの?だれかを殺したの?それとも、銀行強盗でもしたの?それとも刑務所からにげだしてきたの?……」

 「なんてこと言いだすんだい、わしはなにも不正なことなんかしておらんよ、これは子どもたちには関係ない!はやく、どっかあっちに行って遊んでおいで」

 と横暴なふりをして大声を出したものの、だれもひき下がらせることはできなかった。ぼくもビンカも、知りたくってウズウズしている。

 「どんな悪いことしたの?ねえクラト言ってよ、言って……」

 「わしが?……わしはなにもしちゃおらんよ……」

 「クラト、言ってやったら、自分の罪じゃないんだから、知ったからって子どもたちはきみをきらったりはしないよ」

 「で、でも……理解できるわけない。むりだよ……」

 「ほんとうにクラトは世の中のニュースをまったく知らずに生きているからね」

 「ニュース?ニュースなんかけっこうだよ。気がめいるだけだからね。わしにはこのすばらしい畑や酒蔵や、それからこの周囲の風景だけでじゅうぶんじゃ。ほかになにもいらない」

 「たしかにそうかもしれない。でも、いくらなんでも世界で起こっていることを、あまりに知らなすぎるよ」

 「うんざりだよ。戦争、殺人、汚職、スキャンダル、新しい病気……いつもおなじだよ……まったくうんざりだ」

 「そのとおり、でも生命推移にもめざましいものがある。たとえば、最近では数千のテリがスワマへと変わっているんだよ」

 とアミはむじゃきな子どものような感じで言った。いっぽうクラトのほうはそれを聞いてひどくおどろいた。

 「エッ!!!……(ゴクン)」

 「クラト、こんなにおっきなニュースなのに、知らないの?」

 とビンカは信じられないといった感じで、おどろいて聞いた。

 「ま、まさか……じょうだん言っちゃダメだ、わしをからかっているんだろう?」

 アミはさもおもしろそうにクラトを見やって言った。

 「わざわざ、人をからかうために数兆キロもの旅はしないよ。われわれはクラトに会って、そのついでに科学が発見した最新のトップニュースを知らせようと思ってやってきたんだ。つまりスワマとテリとはおなじ人種であり、すべてのテリはこの人生で、そうでなければ別の人生で、おそかれはやかれスワマに変わるはずなんだよ。ちょうどクラトがこの人生で体験したようにね……」

 「じゃ、クラトはもとテリだったの!!!」

 とビンカはひとみをキラキラかがやかせてさけんだ。

 「わたし、なんてラッキーなんでしょう。テリからスワマに変わったひとと直接知り合ってみたいって、ずっとまえから思っていたの!」

 クラトはまるで別世界にいるようだった。キツネにつままれたようで、なにを言っていのかわからず、ぼくたちの顔をただ見まわしていた。彼じしん、ずっと深く思いかくしてきた自分の“ひどい罪”、“大きなはじ”、“おそろしいほどの秘密”がこんなにこころよく受け入れてもらえるとはまったく期待していなかったのだ。

 「クラトはただ、テリからスワマに変わったってだけじゃないんだよ、ビンカ。なんと彼は、現代でさいしょにスワマに変わった人物なんだ」

 「なんてすばらしいんでしょう、わたしまだ言じられないわ!」

 と老人のからだをめずらしそうにさわったり、やさしくなでたりしながら言った。

 「以前にもそういう例はあったの?アミ」

 とぼくが質問すると、ビンカが先に答えて、

 「いままでの歴史のなかには、そういう例が三つか四つあったのよ。いまでこそ、それがほんとうのことだってだれでも知っているけど、前はそうじゃなかったの。みんな、迷信かなにかだと思っていたわ」

 ビンカの言葉を受けて、こんどはアミが、

「おとぎ話やファンタジーがなかなか受け入れられないのとおなじようにね……でもビンカ、それは三つや四つじゃなくて、三千、四千だよ。ただほとんどのひとたちが、この老人とおなじように世捨てびととなってどこかにかくれてしまったんだ。なぜなら、テリから“自分たちの種に対する裏切り者”だとか“悪魔に取りつかれたヤツ”とかいろいろな理由をつけられて、棍棒でなぐり殺されたりしないようにね。新しい身分を名のって身をかくして……こうして最近になってこの事実が認められるようになるまで、彼らの存在は、世の中からまったく知られずにきたんだ」

 クラトは地平線のほうへぼんやりと視線をむけたまま、放心したようにぼくたちのやりとりを聞いていた。

 彼がこの新しい現実を自分の中で消化できるようになるまでには、いくらかの時間が必要だった。いまはもう、彼は自分の世界の中で異常な存在ではなくなった。たしかに特別なケースではあるけれど、常識で考えられる範囲の中での例だった。クラトは新しく生まれ変わった。もうかくすことはなにもない。ほんのわずかのあいだに起こった、でも彼にとってはまったくおどろくべき、記念すべきできごとだった。

 アミとぼくは、ビンカといっしょになって、この愛すべきもとテリ、クラトをだきしめながら、彼がうれしさにほほえんでいるときから、やがて赤んほうのように泣きだすまで、愛とはげましの言葉で彼を元気づけた。彼につられてビンカもぼくも泣きだした。ピンク色になったアミのほおの上にも、いっしゅん、ひと筋のなみだが流れた。彼もまた、自分の感情をうまくコントロールできなかったのか、ぼくたちとおなじように泣き顔のまま、ただ笑うことしかできなかった。

 「ぼくたちは泣き虫だね」

 とアミはなみだでぬれた顔でほほえんで言った。

 「これでわしはもう、いままで思いこんでいたような、博物館むけのめずらしい標本ではなくなったわけだ。銃殺される心配もなく文明の世界へ、都会へ堂々ともどれるわけだ。これはかんぱいにあたいする。これからみんなでいっぱいやろう。わしの酒蔵の宝をゆっくりと味わってくれたまえ。聖クラト酒造、三万九千八百八十年ものの、最高のムフロスだよ。いけるよ。ウーム……さあ飲もう。もしこれが飲めないというなら、それはわしに対する完全な侮辱であり、けいべつだ」

 クラトはもう完全に元気になって、ピンク色の液体の入ったビンの栓をぬいた。

 「これじゃ、よっぱらいの恐喝だよ……子どもたちには、もう少し別の飲みものがいいとは思わない?それにもう罪から解放されたんだ。ムフロスの発酵ジュースは必要ないだろう?」

 老人は立ちどまり、ぼくたちの顔を見まわし、手にしているビンを見た。そしてとつぜん笑いだして、

 「ホッホッホッ!そのとおりだ。じゃ別のジュースでかんぱいしよう。この女の子みたくあまくて健康的なやつだ」

 クラトは台所へ行き、くだもののジュースの入ったコップを四つ、お盆にのせてもどってきた。

 「そうだよ。もう、これからは飲まないんだね。とてもうれしいよ」

 とアミは感激して言った。

 「なにを言ってる、アミ。おいしいネクターをもう飲まないって?……わしのハートをもうよろこばせないって?聖クラト酒造の製造を中止するだって?とんでもない。ただ子どもたちといるから、ふつうのジュースでかんぱいしようと言っているだけだ。それだけだよ。じゃかんぱい!ホッホッホッ!」

 「やれやれ」

 アミはちょっとあきれたように言った。

 「かんぱいしたらすぐ出発だ。子どもたちにこの年寄りの悪い習慣がうつったらたいへんだからね。もう前にも言ったけど、クラトはぼくの知っているスワマの中ではいちばん精神的じゃない。まだまだ多くの点でスワマというよりテリだね……」 

 ビンカはクラトを弁護して言った。

 「でも、もうペストソ(キアの言葉でタバコ)はやめたんだし……少しずつよくなるわよ」

 「そのうえ、わしは現時点においてテリからスワマに変わったさいしょのケースだからね。とても有名なんだ。きみたちはついてるよ。幸福なひとたちだ。ホッホッホッ!」

 こうやって陽気なじょうだんを言いながら、みんなでクラトの新しい人生の出発を健康的な乾杯で祝った。


 

【感想】

 キア星で初めてテリからスワマになった人物だなんて!これは驚きました!!そして、ビンカと同じように、嬉しい気持ちになりました。クラトはなんて偉いんでしょう!!!テリからスワマになろうとしたときのクラトの気持ちを想像すると、さぞ強い覚悟が必要だっただろうな、と思います。そんな人は他にいないし、自分の変化を人に言っても誰も信じないでしょうし、テリからは敵対視される存在なのだから。そんな存在に好んでなろうとする人は「アタマのおかしい人」ということになるでしょう。このことは、地球上の人間で言えば、お金が一番大切で、お金を稼ぎ権力をたくさん持っている人(キアでいう「テリ」)が偉くて、愛と調和を大切に優しい気持ちで生きている人(キアでいう「スワマ」)という扱いと同じだと思うからです。


 もとテリでスワマに変わったクラトが書いた「羊皮紙」をきっとすぐに読みたくなったことでしょう!わたしももちろん読みたくなりました。ちなみにその部分は「32)『もどってきたアミ』第14章 羊皮紙とふたつの可能性」にあります。クラトは愛というものを知ったから、テリからスワマになれたのでしょう。そして、それをたくさんの人に、キア星だけでなく、こうやってペドゥリートを通して地球の人々にも知らせようとしてくれています。


 愛は感情ではなくて存在。誰の心の中にもすでにあるもの。このことを少しずつ少しずつ確信に変えていくことができれば、この世の中はますます優しさが循環する世界になるでしょう!

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