top of page

【朗読】64)『アミ3度めの約束』第9章 シャンバラ ③

エンリケ・バリオス著の『アミ3度めの約束』の朗読と個人的な感想です。




【文字起こし】

(漢字表記も含め全て原文のままです)


第9章 シャンバラ ③


 とつぜん、シルクが、“もう、時間がない”と言った。

 ぼくはとてもこわくなった。そしてシルクじしん、言っていることのつじつまが合っていないような気がした。だってその言葉じたい、彼が“死の使者”であることをしめしているように思われたからだ。でも、シルクが言いたかったのは、ぼくたちにはもう、ムダにしている時間はないのであって、これまでは、内面的にも外面的にも事態を真剣に変える努力をしないまま、なんとかやってこられたけれど、これから先は一人ひとりが“愛の使者”へと変身するべきであり、それを自分の人生に反映していかなくてはならないということだった。

 その点にかんして、ぼくはあまりいい気持ちがしなかった。だって、崇高なことをたくさん知ったにもかかわらず、ぼくはけっきょく、ほかの子どもたちとなんら変わるところのない、ごくごくふつうの子どものままだったからだ。もちろん悪い子じゃないけれど、愛の使者らしいふるまいをしてこなかった。それができなかったのには、三つの理由があった。第一に、ぼくにはその能力がなかった。きっとぼくの“愛の度数”はじゅうぶんな水準に達していなかったろうし……。 

 第二に、かりにその水準に達していたとしても、学校や近所の子どもたちとはっきりちがったような行動はとれなかった。だって、もしそんなことをしたら、ぜったいみんなにからかわれて、いたずらやいじめや悪いじょうだんの対象になっていたことはまちがいなかったし……考えただけで、ぼく、そんなのいやだ。だから、だいたいみんなとおなじような行動をとっていた。そしてそれは、愛の使者のふるまいからは、ずっとかけはなれたものになっていた……。

 第三に、これはぼくのおばあちゃんも言っていたことだけれど、あれほど崇高なひとたちと知り合ったということが、いっぽうではぼくを傷つけた。だってそのときから、ぼくたちの仲間のちょっとした欠点を、ぼくは彼らじしんより先に、すぐ発見することができるようになったからだ。それは、ぼくのまわりのひとたちとオフィルのひとたちとを、どうしてもくらべてしまうからで、それがときに、ぼくの心を閉ざすことにもなった。こうやって、ぼくは情深いやさしいひととなるかわりに、反対のひとになった。それなのに、自分の欠点を発見するための、そうした能力は得られていない。それをアミが気づかせてくれた……だから最悪だった……。

 でも、そのあとのシルクの言葉は、ぼくを元気づけてくれた。

 「きみたちは、現在のあやまちも過去のあやまちも、毎日少しずつ乗りこえていかなくてはならない。

 それは原点に立ち返ってはじめることによってのみ、できることなんだ。つまりきみたちの人生のいちばんたいせつな目的をはっきりとさせることであり、その目的とは、愛の成長に奉仕することにほかならない。愛の成長に奉仕しているということは、いつも頭の中にはっきりとやきつけ、心の中に生きつづける感動として、けっして忘れることがあってはならない。そうして、はじめはきみたちじしんの内面から、そのあとできみたちのおこないを適応させていき、やがてはきみたちが時間のすべてを使って、愛の成長に奉仕できるようになるまで……よりよい人間に変わっていけるまで、きみたちはこのいちばんたいせつな目的にそって努力していかなければならない。でも、くりかえすようだけれど、その仕事は少しずつおこなわれるべきものであって、まずは欠点のひとつからはじめて、だんだんと別の欠点へとうつっていくようなやり方をしなくてはならないんだ」

 それからシルクは、人々が苦悩することも、大量の死者を出すこともなく、ぼくたちの惑星がよい方向に変化していく可能性はのこっていると言った。でも、これはいつもしつかりと自覚しておかなければいけないけれど、“もう、時間がない”。つまり、もうほくたちは時間をムダにできないということだ。

 それから、よろこび、健康なユーモア、楽天主義、希望、責任、悪意のない魂、信念、許し、隣人へのたすけ、ほんものの愛などが、ますます必要不可欠なものになっていき、それが人類にとって、そして一人ひとりにとって、高い水準の存在へうつるのに必要なエネルギーになると言っていた。反対に、どんなものであれ、恐怖、絶望、堕落などの種をまくものからは、距離をおくことが必要だとつけくわえた。そして自分たちの性格上のおとった部分にたいして、もう少し自分じしん厳格になるべきであり、友だちや指導者を選ぶときにも、もっときびしく判断すべきだということだ。

 さいごにシルクは、つぎにあげる欠点は、どんな犠牲をはらってでも自分たちの中から追放するべきで、もしそれらの欠点が大きければ、新しい世界の一員になることはできないと言っていた。それは、羨望(ねたみ)、利己主義、暴力、物質主義、ひとの不幸を望むこと、(知的、感情的、物質的、性的なことにたいする)無責任、恩知らず、不きげん、それからぼくたちのすべての宗教が、そのおきての中でいましめていること。

 ぼくはねたみと利己主義がさいしょにあげられていたことに、とても興味をひかれた。だってぼくたちにとって、それはとても日常茶飯なことだったからだ。

 「新しい世界の土台をかためるときには、いまシルクが言ってたような悪い種をまくことは許されない。だって、そんなものは、人類家族の分裂をひき起こすばかりだからね。必要なのは、それとは正反対のものなんだから」

 とアミが説明してくれた。

 シルクはたくさんの理解のまどをいっぱいに開けてくれた。しばらくたって、彼ともっとりラックスして話せるようになったとき、ぼくは彼を質問ぜめにした。

 「じゃ、あなたたちがぼくたちの創造者なんですね……」

 「そのとおり。でも、われわれはきみたちを、自分たちの子どものように思っているんだよ」

 「あなたたちの半分の遺伝子しかもっていないのに」

 「子どもはだれでも、その父と母の遺伝子を、それぞれ半分ずつしかもっていない。だからわれわれは完全に、きみたちのことを自分たちの子どもだと思っているよ」

 「ああ、なるほど、そのとおりだ……地球のすべての人種、もともとのルーツは、あなたたちなんですか?」

 「もちろん」

 「どうして、こんなにちがいがあるんですか?」

 「それは表面的なちがいでしかないんだよ。たんにひふの色がちがうとか、そのていどのものだ。そうしたちがいは、少しずつつくられていったんだよ。さいしょのころ、人間たちのグループはそれぞれ遠くはなれたところに暮らしていて、おたがいの交流がまったくなかった。そうして長い時間がたつうちに、それぞれの環境状態や遺伝の法則が作用して、民族ごとの顔だちの特徴や考え方のちがいができあがっていったんだ。でもけっきょくは、地球上のすべての民族は、みなおなじ起源をもっていて、ひとつの人類家族を構成しているんだよ」

 「じゃ、どうしてあなたたちはぼくたちよりも背が高くて、オフィルのひとたちよりも背が低いんですか?」

 「それは人間の表面的なちがいとおなじことで、ほとんど重要ではない。からだの大きさと進化水準とはまったく関係がないんだ。もしそうだとしたら、恐竜はたいへんなインテリでなくてはならなかったろう。でもじっさいにはちがっていた。身長のちがいには、自然環境がおおいに関係している。オフィルのエネルギーは、この若い惑星のエネルギーよりも、人類の成長に有効に作用している。そして、われわれの住んでいるここの環境状態のほうが、きみたちの環境状態よりも、人類の成長により有利にはたらいているんだ。この基地は、きみたちのとはちがった生態系をもっているからね。そのうえ、ここ内部では、だれも人と競争していないからね」

 と笑って言った。そしてつづけて、

 「ここでは競争するのではなく、協力し合うんだよ、だからきみたちにくらべて、われわれの人生のほうがずっとストレスが少ないんだ。ここではだれひとりも心臓まひで死ぬことはないし、生きのびるためのあのかこくな精神的民類にたえる必要もない」

 「別のことで、わからないことがあるんだけど」

 とビンカが言った。

 「どうぞ」

 「どうして新しい種の人類を創造するかわりに、あなたがたじしんがこの地球やキアに住んで、自分たちの子孫をつくっていかなかったんですか?そのほうがずっとかんたんだと思うけど……」

 シルクは笑ったあとでこう言った。

 「庭に花や草木がたった一種類しかなかったとしたら、とても単調に見えるだろう……」

 「ええ、もちろん」

 「愛は創造者であるから、産みだし、完成に近づけ、より美しくして、それを分かち合うんだよ」

 「それに、子どもがいるっていうのはすばらしいことじゃない、どう?」

 とアミがつけくわえた。

 「ああ……もちろん」

 「われわれは自分の子どもたちにほこりを感じているよ」

 シルクはやさしく笑って言った。

 「ぼくたちにほこりを感じているだって!?……でも、ぼくたちはまだ未開人にすぎないのに……」

 「それほどじゃないよ。洞窟に暮らしていたころからくらべれば、かなり進歩してきたろう。芸術や科学技術の知識のことなんかを考えてごらん。たしかにまだ、内面的なことや精神的なことに対して、大きな注意をむけてないけど、ほかの面ではとびぬけてきている。太陽系調査をする宇宙船もあるし、遺伝子工学の分野にまで入りこんできている。それにきみたちの種から、すばらしいひとたち――高い精神レベルをもつひとたち、献身的な科学者たち、芸術家たち、そして善や自由や平和の闘士たち――が、なんとおおぜい出てきたことか。それを忘れてはダメだよ……きみたちの生活が、どれだけよくなってきたかも忘れてはダメだ。もちろん、まだまだかんぺきじゃない。部分的に不足しているところもある。とてもだいじなことだってじゅうぶんじゃない。でもきみたちは、宇宙親交に仲間入りできるだけの用意がほとんどできているんだよ」

 「ぼくたちが!?……」

 「その可能性はおおいにあるってことだよ。いますぐ仲間入りはできないとしてもね。きみたちは、宇宙親交がぜったい必要とする価値に、ちゃんと目をむけていないんだ。ただそれだけなんだよ。だってきみたちは、自分たちに不足しているものをすばやく学び取って、それをすぐさま実践にうつすことができるし、きみたちの種には、だれにとっても等しく豊かな世界にむけて、力を結集し実現できるだけの力もある。いまはなにもしていなくとも、ほんとうは善意をもったひとたちがおおぜいいるし、名もない多くの善人が、利害をこえて他人にその手をさしのべている。そして手だすけしたいと思いながら、どうしたらよいのかわからないでいるひとたちも、たくさんいる」

 「じゃ、いったいなにがぼくたちに不足しているんですか?」

 「きみたちが、高い水準の存在にうつっていけない理由はただひとつ。さまざまな分野において、きみたちのものの見方がまだ変化できていないからだよ。きみたちの文明をみちびいている物質主義的な観点や外面重視の視点から、もっと人間の内面を完成するというテーマにむけてピントを合わせていく必要があるんだ」

 あのシルクの言葉を聞いたとき、ぼくは心からなっとくできた。

 「そのとおりです、シルクさん……でもどうして、まだその変化が起こらないのですか?」

 「それは、考えるのは自分たちのことばかり、みんなの豊かさについてはまるでかえりみようとしないわずかなひとたちが、世界を動かす舵をにぎっているからなんだよ。それに、そのひとたちがにぎっている権力はとても大きいから、自分たちにとってつごうがいいと、“考えている”状況にむけて、かってな思惑だけで人類全体をひきずりまわしているせいなんだよ」

 「そのうち、ブーメランにやられるわ」

 とビンカはとてもおこって言った。

 「でも、惑星じしんの必要性と、人々の意識の高まりによって、すぐにいまの状況は変わりはじめるよ。そのときこそ、きみたちの協力がなくてはならないものになるんだ。ひとつの状況から別の状況へとうつり変わっていくときには、変化をはばもうとする力がはたらいて、大きなわざわいがひき起こされたりする。そうしたわざわいとは無縁に、できるかぎりスムーズに前進をはたすのが望ましいけれど、それができるのは、全体の意識の高まりだけなんだ。そしてその意識の高まりを生んだものこそ、愛であり、愛にみちびかれた知性なんだよ。だからこそ、地球の愛の成長をたすけることが、なにをおいてもたいせつなんだ」

 

 ぼくたちは、シルクに感動とかんしゃをこめて別れをつげた。いま、あらためてこの場を借りて、シャンバラにありがとうと言いたい。

 ぼくたちは円盤にもどり、海岸のぼくの家にむけて出発した。

 ビンカとぼくは、シャンバラで学んだすべてのことに、とてもつよい印象を受け、大きな感動をおぼえていた。とくに、ぼくたちの世界が思っていたほどひどいわけじゃないということや、大きな変化の時期がおとずれるのは、そんなに先でもないということがわかったのは、大きな収穫だった。

 「でも、その変化がおそろしいものじゃなくて、なにかしら美しいものであってほしいなら、自己を高めるための努力をしなくっちゃ」

 とアミはぼくたちに言った。




 

【感想】

 シャンバラのシルクが「時間がない」と教えてくれました。今までのように「自然に気づく」のでは間に合わないと。何が間に合わないかというと、大災害などで人命が失われることをきっかけに「気づく」方法と、ひとりひとりの意識が高まっていくことで「気づく」方法があって、その後者の方法をとりたいなら、時間がない、ということです。それを知るとペドゥリートと同じように恐怖を感じます。


 そこでさらに、シルクは「人生の一番大切な目的(=愛の成長)」に努めることなんだ、と教えてくれています。これに関して、わたしたち人間は「それはわかっているけど、生存するためにはお金が必要だし、お金を得るためには愛の成長なんて役に立たない……」というループに入ってしまいます。そこで「愛の成長」のルートが閉ざされます。「愛の成長」なんてどうやったらいいかわからないし、できるかどうかもわからないし、それができた人なんてイエス・キリストか仏陀か空海か……くらいしか思いつかないし。ただ、シルクは言います、物質主義や外面重視から、人間の内面を完成するというテーマに向けてピントを合わせましょう、と。


 これならひとりひとりができるかもしれません。どれだけたくさんのモノを持っているか、お金を稼いでいるかという価値基準から、人間性の価値を理解すること。人間性の価値であれば貧富の差はもちろん、年齢だって関係ないのです。2歳のこどもの純粋な思いやりに気づけるなら、2歳のこどもが人間性の先生になります。大きなことをする必要はなくて、日常の中で見方を少しだけ変えていくことで、人生の一番大切な目的(=愛の成長)が叶えられるなんて、ワクワクします

コメント


bottom of page