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【朗読】52)『アミ3度めの約束』第5章 サリャ・サリム ③

エンリケ・バリオス著の『アミ3度めの約束』の朗読と個人的な感想です。




【文字起こし】

(漢字表記も含め全て原文のままです)


第5章 サリャ・サリム ③


 ふたりのにせテリがストレッチャーを押していくあとをついて、ぼくたちはい心地のよさそうな小べやへ移動した。そこには新聞や雑誌のような軽い読みものがおいてあって、くつろげるようになっている。すみのほうにはちょっとしたキッチンがついていて、ジュースやくだものやビスケットなんかが用意されてるみたいだ。とたんに飲んべえのクラトが目をかがやかせて、

 「そのへんになにかいい飲みものがありそうだけど……?」

 「うん、あるよ、クラト。新鮮なフルーツジュースや薬草茶や、不純物ゼロのおいしい水があるけど、なにがいい?」

 「ゲーッ! け、けっこう!」

 ふたりのにせテリは、ゴロとクローカをひじ掛けイスにすわらせた。そうしてひとりが言った。

 「このふたりにはまだ、アミもペドゥリートも顔を見せないほうがいい。これまでにいちどもキア星外の人間を見たことがないひとたちにショックをあたえてはならないから、きみたちもわれわれといっしょにへやの外へ出てほしい。クラトも外に出ていたほうがいいでしょう。ここはビンカにまかせて、われわれはモニターで観察することにしましょう」

 もうひとりも言う。

 「ふたりには、どこかの野原の一軒家にきているように思いこませなければなりません。それらしい映像をあのスクリーンにうつしだします。そうすると、まるでまどの外の風景のように見えるというわけです。見ていてください」

 にせテリはかべの黒い長方形の部分を指さしながら、手にしたリモコンをそうさした。その瞬間、パッとそこが明るくなって、鳥たちがさえずり、チョウが舞い、虫たち飛びまわる美しい田園風景があらわれた。……気のせいか、なんだか草木のいい香りまでしてきたみたいだけど……もちろんぼくの想像にすぎないと思い直した。だってあれはたんな映写なんだから。

 「ペドゥリート、ほんとうの香りだよ。われわれのカメラは、映像のほかに香りもうつしとることができるんだ。それを録画や録音とおなじように再生することができる」

 「へぇ!すごいや!」

 にせテリのひとりがビンカに指示をあたえはじめた。

 「ふたりが目をさまして少し落ちついたら、この補聴翻訳器をつけるのを手伝ってあげること。つぎに、ふたりの質問には、となりのへやにいるきみの友だちが答えると説明するように。あとはすべて、われわれがひき受けるからね。わかった?」

 「はい」

 「用意ができたらアミとペドゥリートとクラトがこのへやに入ってくる。アミが話をうまくリードしていくから、きみたちは指示どおりにすること。かってなことはしないでくださいね。まちがえるわけにはいかないんです。気をつけないと、状況がますますふくざつになりかねませんから。わかりましたか?」

 「はい!」

 とぼくたち。

 「じゃ、わたしたちにつづいてください」

 ぼくたちはビンカだけをのこして科学装置だらけのへやにもどった。モニターの中には、ねむりつづけるふたりとビンカ。にせテリは仕事を開始した。

 「それじゃ、ふたりの目をさますよ。用意はできてるね、ビンカ?」

 「はい、できてます」

 ビンカの声が、モニターのスピーカーから流れた。

 ゴロとクローカは目を開けた。ふたりはさいしょ、自分たちがまったく知らないところにいるのにひどくおどろいていたけれど、そこにビンカのすがたをみとめて、ほっとしたようだった。それから三人は、ずいぶん長いことだき合っていた。そしてぼくは、なんだかおもしろくなかった。もとはといえば、彼らの愛がこんなにつよいものでなければ、ビンカはすんなり地球へ行けたんだし、こんなさわぎだって起こらなかったんだもの……。

 彼女は言われたとおり、ふたりの耳に翻訳器を取りつけにかかった。

 「これは別の言葉を理解するための器具よ」

 「ここはいったいどこなんだ?いったいなにが起こった!それにどうしておまえが目の前にいるんだ?」

 「ゴロ、見て!どうやらここは、野原の中みたいよ!」

 まどの外を見たクローカが、よろこびの声をあげた。

 「ゴロおじさん、その質問にわたしは答えられないけど、かわりにわたしの友だちが答えるわ。彼らはいま、このとなりのへやにいて、モニターでわたしたちを見ているの。すぐに話ができるわ」

    “そのとおりです。こんにちは、ゴロ、クローカ”

 にせテリのひとりが、マイクをとおして話しかけると、

 「おお……またしてもいらぬおせっかいか……」

 とたんにゴロの表情がけわしくなって、その声にも敵意がこもる。

    “あなたがたは、これからアミに会う必要があります。彼はキアの外の世界に住んでいます。だから、あなたがたの見たことのないすがたをしています。アミがいまから、へやの中に入ります。ペドロというやはり別の世界の少年と、クラトという名のスワマもいっしょです。三人とも、あなたがたの姪ごさんの友だちです。それでもやはり、こわいとお感じでしょうか?”

 「こわいに決まってるわ!」

 「フン!」

 クローカがゴロの手をにぎってさけんだのに対して、ゴロはといえば、まるでへいきといったふうに言った。

     “では、入ります”

 「こわいわ!」

 「おばさん、こわがらなくていいのよ。わたしの友だちは、とてもいいひとたちばかりなんだから」

 にせテリのひとりが、ぼくたちに合図した。もうひとりのにせテリが、となりのへやの前までいっしょにきて、ドアを開ける。さいしょにアミが入った。

 「やあ、自己紹介をさせていただきます。ぼくが、あの本のアミです」

 と陽気にほほえんで言った。

 ゴロは、いかにもうさんくさいものを見るようなうたぐり深い目で、アミをにらんだ。

 クローカの表情には、いくらか恐怖とおどろきがにじんでいた。

 にせテリがぼくのかたをポンとたたいた。ぼくの出番という意味だ。

 「エーッ、ぼくはペドロです。地球という惑星からきました」

 ぼくにつづいてクラトが入ってきた。

 「わしはクラトといいます。いまはスワマだけれど以前はテリだった。現在生きているひとたちの中では、いちばんさいしょに変化した者です」

 ゴロは憎しみをこめた目でクラトを見た。

 「われわれの民族のさいしょの裏切り者ということだ。なるほど、だからキアの敵に協力なんかしているんだ……」

 クラトは怒りでまっ赤になり、こぶしをにぎってゴロをじっとにらんだ。

 アミがすばやく分けて入って、

 「落ちついて、落ちついて。エーッ、数分前まで、あなたたちはPPの留置場に入れられていました。でも、われわれが、われわれの技術を使って、あなたたちをそこから救出しました。いまは完全に安全なところにいますから、どうか心配しないでください」

 アミの説明を聞いても、ゴロにはなんのことやらさっぱりわかっていないみたいだった。

 「わしにはうしろ暗いところなんぞない。だから、あの場所から“救出”してもらう必要なんてなかったんだ。いくつか質問に答えたら、すぐに家に帰れただろうに、あんたらがよけいなことをしてくれたおかげで、きっといまは逃亡者あつかいだ。まったくひどいもんだ。こんなことにはほんとうにうんざりだ。泥沼にはまるばかりじゃないか」

 「ひとつどうしても聞きたいことがあります。あなたたちは、PPの警官にどこまで証言しましたか?」

 「なにも言ってはおらん。わしらはサルぐつわをされ、頭巾をかぶせられて車に乗せられた。車をおりて、サルぐつわと頭巾を取ってもらったときには、あのへやのイスにすわらせられていた。そしていまは、なにがなんだかわからんうちにここにいる。ただそれだけだ」

 それを聞いたアミは、見るからにうれしそうだ。

 「じゃ、名前も言ってなければ、写真も指紋もとられていないわけですね?」

 「もちろんだ」

 「よかった……、彼らには、あなたたちがどこのだれだかわからないってことになる……」

 「でも、わしの友人の医者が、なにもかもしゃべるだろうよ……」

 「それなら心配はいりません。あの医者は部分的完全記憶喪失療法を受けています。もうあなたのことも、あなたからビンカの、“空想”を忘れさせるようにたのまれたことも、永遠に思い出せなくなりました」

 どうやらゴロは、さっきから攻撃されているような気分でいたらしい。でも、アミのおだやかで澄んだまなざしを前に、少しずつ落ちつきを取りもどしてきて、かなり状況をつかめるようになったみたいだ。ポツリポツリと説明をはじめた。

 「ウーム……わしはただ、ビンカにとってよかれと思ったことをしたまでだ……わしの責任下にあるこんな小さな女の子が、別世界の何者かと接触しているのをどうして、容認できるというんだ……わしが理解できるとでも思っているのか?あんたたちのほんとうの意図が」

 とぼくたちをうたがわしげに見つめた。

 「ビンカの書いた本はまだ読んでないんですか?あそこにわれわれの目的がはっきりと書いてあるんです……」

 「ゆうべ、読んでみた。でも、わしはむじゃきな子どもじゃないから、あんなものにはだまされん。あんたたちはあの本をとおして、にせの情報をひろめているんじゃないのかね。わしの姪を利用して……」

 「ほんとうは邪悪な文明に属しているわれわれが、あたかも無害で善良であるように、キアのひとたちに思いこませようとしている、とおっしゃりたいんですね?」

 「ウム……そうじゃない保証はどこにもないからな……」

 ぼくにはゴロの気持ちがよくわかった。むりもないことだと思う。ぼくだってはじめてアミに会ったときは、ゴロとまったくおなじうたがいをもったんだから……。

 「もしわれわれがほんとうに、邪悪な文明の人間だったなら、こんなまわりくどいことをするはずがないでしょう。あなたの考えは、まさしく妄想以外のなにものでもありません。あなたはそうやって、なにからなにまでうたがって、拒絶して、生きていくのですか?クローカはいい奥さんをよそおっているけれど、じつはあなたを殺そうとしているんじゃないかとか?あなたの友人たちはあなたと仲よくしているけれど、じつはあなたをおとしいれようとしているんじゃないかとか?……」

 「わしがそんなことを考えるわけないだろう?わしは自分の家族のことも友だちのこともよく知っている。でも、わしの家族でも友だちでもないおまえさんたちのことを、なんでわしが知ってなきゃならんのだ?」

 「アミはいい宇宙人だよ」

 ぼくの言葉は、あまりにむじゃきすぎた……。

 ゴロはジロリとぼくをにらんではき捨てるように言った。

 「おまえもこいつの一味だ。われわれの世界に対する陰謀工作の重要メンバーなんだろう?だれがおまえの言うことなんか信じる?子どものくせにうまくビンカをたぶらかしおって、おそろしいヤツめ……いや、子どものすがたをしたばけ物なのにちがいない……」

 ゴロのあまりにひどい言いがかりに、ぼくはうちのめされる思いだった。ほおがあつくなり、なにか言い返そうにもなにも言葉が出てこなかった。たぶんぼくは、泣きたいような気持ちになっていたんだと思う……でも、なんとかこらえた。

 「おねがいよ!ゴロおじさん、もうやめて!」

 もうたまらないといったふうにさけぶと、ビンカはぼくにかけよってきた。アミもそばにきてくれた。

 「ペドゥリート、進歩してないひとたちや、閉ざされた心のもち主を前にしても、変わらずに使命を果たそうとしていくのは、とってもたいへんなことなんだ。彼らがもってる恐怖やうたがいや不信にたえていくのはね。そういうときのための小さな秘密を教えてあげるよ」

 そう言うと、アミはぼくの耳もとで、そっとささやいた。

     “いいかい、彼らを子どもとして見ることだよ。じっさい彼らは、なんにも知らない子どもみたいなものなんだ。子どもだと思えば、そう憎くもならないだろう?いまはずっと進歩しているけど、きみだってちょっと前までは彼らみたいだったんだよ。でもね、ペドゥリート。くれぐれもそう考えていることをさとられないようにしてね。そうでないと彼らは怒りだすから”

 アミの言うとおりだと感じた。ぼくはあらためて、“子ども”としてゴロを見つめた。

 そして彼の燃えさかるひとみを見たとき、ぼくにははっきりとわかったんだ。その炎の正体がただ恐怖でしかないってこと。その根拠のない恐怖の炎こそが、彼をあぶり、攻撃にかり立てているんだってこと。そのせいで彼は、人生のもっともすばらしいものを見失ってしまっているんだってことが……。

 ぼくのうらみは、同情とあわれみと理解へと変わっていったゴロはイスから立ちあがり、となりにすわっていたクローカをうながした。そして立ちあがったクローカのかたにしっかりと手をまわし、ビンカの手をにぎると、

 「わしはもう、うちに帰りたくなった」

 と言って、ドアにむかって歩きだした。でも、押しても引いてもドアはピクリとも動かなかった。業を煮やしたゴロは、とつぜんドアをドンドンとはげしくたたきながら、大声でわめいた。

 「うちに帰せぇ~~~~!」

 あのときはどうしようかと思った。あのゴリラはぼくたちをみな殺しにする!ぼくはそう感じて、どこかにげ場をさがした。

 そのとき、ゴロをしかりつける声が大音量でひびいた。

       “落ちつきなさい。セニョール・ゴロ。あなたとあなたの家族には、だれも危害をくわえたりしません。それでもあなたが暴力的な態度に出るのなら、やむをえません。われわれは、われわれの技術を使ってあなたをおとなしくするまでです。われわれとしても極力それはさけたい。ですから、ただちにもどってすわってください。そして落ちついて。われわれはまだ、あなたといくつか話し合わなければならないことがあるのです”

 それを聞いたゴロは、自分が相手にしているのは、目の前の子どもと老人だけじゃないことに気づいたようだ。おとなしくなって、しぶしぶイスにすわりなおした。

 つぎのアミの行動に、ぼくは腰をぬかしそうになった。ニコニコしながらゴロのすぐとなりに腰掛けたんだ。そのようすにはゴロもおどろいたらしく、いっしゅん身がまえてから、すぐさま自分のイスを少しはなした。そんなことにはおかまいなしで、小さな宇宙人は話しはじめた。

 「あなたはPPの捜査や尋問のやり方をよくごぞんじないようですね」

 「バカにしないでくれ。彼らの追及のきびしさは、だれだって知っておる。ただ、それは犯罪者や反体制側の人間に対してだけだ。罪のない人間に手荒なまねはしない。わしは地道に薬局をいとなむ、尊敬にあたいする善良な市民だ。やましいことなどなにもない。そんなわしが、どうしてPPをおそれる必要がある!?」

 アミは天井をふりあおいで声をかけた。

 「ちょっと、ゴロの友人の精神科医の尋問のようすを見てみたいんだけど、問題はない?」

       “ありません。ちょっと待ってください”

 なんの変哲もなかったただのかべが、数秒後、長方形のスクリーンに変わった。そこへ尋間を受けている精神科医がうつしだされた。すっぱだかで、しかも全身ずぶぬれ(水責めでもされたんだろう……)のまま、鉄のベッドにしばりつけられている。

 ぼくは思わず息をのんだ。ビンカとクローカは、あまりのざんこくさにたえられず目をそむけた。ゴロは大きく目を見開いたまままっ青になって、映像を消すように言った。画面が消えた。

 「あなたの友人もあなたとおなじ、尊敬にあたいする善良な市民で、大学を出たりっぱなお医者さんです。でもそんなことPPにとってなんの意味もない。とくに宇宙人がからむとなると、PPはとりわけようしゃがなくなる……」

 「……でも、それもわしらを保護するためなんだ……」

 アミはとつぜん、ぼくをふりかえった。

 「ぺドゥリート、きみはさっき知りたがってたよね?どうして政府が宇宙人の存在を認めていないふりをするのか。これからゴロに説明することがその答えになるから、よく聞いてて」

 と言って、アミはふたたびゴロを見すえた。

 「ゴロ、あなたはまちがっています。この国の政府はすでに、われわれのほんとうの意図を知っています。われわれの意図がただ、キアのためになる教育だとか情報だとかの提供にあるということを。ところがこの国の政府は、そんな美しい話はまるで信じられない。そんなこと、現実にありっこないって決めつけているんです。彼らにとって、自分たち以上のものがこの宇宙に存在しているなどとは、まったく考えられないから、ゴロ、あなたとおなじように、すべてはわれわれのわなだと思っています。

 それから政府は、われわれのハイレベルな科学技術についてもそれなりに気づいていて、他国にその情報がけっしてもれないように、神経をとがらせています。なぜだかわかりますか?よその国々に、先取りされたくないんですよ。国際社会で覇権をにぎれるかどうかは、ひとえに、宇宙人の科学資産をモノにできるかどうかにかかっているものと、彼らは考えているらしい。

 あなたたちが連行されたのも、すべては、こうした政府の思惑があったからです」

 ぼくたちは、だんだん現実をのみこみはじめた。 

 「映像を見ておわかりでしょう?あなたのお友だちは拷問を受けています。あのようすでは、はたして自宅に帰れる日がくるか……。たとえもし帰れたとして、そのとき彼がまともな状態でいられるとは思えない……。政府はそのくらい必死になっているんです。われわれにかんする情報は、針の先ほどももらすわけにはいかない。いっぽうでいわれわれについての手がかりは、ちりひとつ見おとすまいとしているんです。

 (天井を見あげて)じゃちょっと、砂漠の地下にある、例の施設の映像を出してくれるかな」

 すぐにまた、あの長方形のスクリーンがあらわれた。カメラはおおぜいの武装警備員――もちろんテリだ――の立ちならぶ、ものものしいふんい気のろうかをいくつもいくつもとおり、ぶあついかべを何枚も何枚もとおりぬけて、さいごに大きなへやにたどりついた。

 そこはさしずめ恐怖の博物館といったおもむきだった。大きなガラスケースの中には、異星人の死体が――液体漬けにされて、あるいは冷凍されて、保存されている。異星人のすがたかたちはいろいろだ。きっとあちこちの惑星から、はるばるキアにやってきたんだろう。それから円盤の残骸、衣類、見たこともないような機械、何種類もの文字で書かれているらしい書物の数々を見せて、ふたたび映像は消えた。

 ゴロはぐったりとつかれきっていた。もう、うたがう余地はどこにもない……。

 「われわれはあなたたちよりもずっと進んだ文明に属してはいますが、それでもかんぺきではありません。ときには円盤がこわれることだってあるし、不幸にも死亡事故を起こすことだってあります。そうして、不時着したわれわれの仲間が、この国の政府につかまって尋問されたこともありました。だから、ここの政府は、とうのむかしにわれわれのことを知っていました。公表しなかっただけのことです」

 ゴロの混乱は見るもあきらかだった。

 「ゴロ、あなたじしんについて考えてみましょう。PPがすでにあなたの身もとをつきとめていれば、あなたはおそらく、もとどおりのふつうの生活にはもどれなくなると思います。それはおわかりですよね?」

 「わしはなにもしとらん……」

 「そうかもしれませんが、それはPPの知るところではありません。彼らはただ、あなたたち家族が、われわれについてのなんらかの手がかりをにぎっている可能性が高いと見ているんです。だから……ばあいによっては、口を割らせるために家族を利用することもじゅうぶんに考えられます。家族のだれかが痛い目にあっているとなれば、ビンカもクローカも、そしてあなただって、口を開かないわけにはいかないでしょうから……」

 ゴロはがっくりとうなだれて、なにごとか考えているようだったが、とつぜん顔をあげると、憎しみをたぎらせた目でさけんだ。

 「わしの人生はメチャメチャだ……これもみんなおまえたちのせいだ!」

 「いいえ、すべてはあなたじしんがひき起こしたことです。ぼくはきのう、あなたに口止めしたはずです。にもかかわらず、あなたは精神科医のお友だちに、ぼくたちのことをあっさりしゃべってしまった――しかも、なにもかもビンカの空想だなんてうそをついて。そのせいでビンカが危険な暗示にかかりそうになったから、われわれとしても乗りだしていかざるをえなくなったんです。結果、事態はめんどうなほうめんどうなほうへと転がっていってしまいました」

 「ブーメランは、投げたひとのところへもどってくるからな……」

 クラトがぼそりと言った。

 ゴロは往生際悪く、さけびつづける。

 「おまえたちがわしの姪の人生にくびをつっこまなければよかったんだ!」

 「落ちついてください。ゴロ。それはまったくの逆です。ビンカの本をきちんと読めば、彼女が本を書くという使命を果たすためにキアに生まれてきたということが、はっきりとわかるはずです。あなたは、彼女の仕事や愛や友情をじゃましちゃいけなかったんだ」

 ぼくはとなりにいたビンカと見つめ合った。そしてぼくたちは、どちらからともなくそっとだき合った……。うっとりとあまく、やさしい気持ちに酔いしれながら……。

 それを見ていたクローカが、ハンカチで目もとを押さえながら、ぼくがいちばん気にしていることを言った。

 「この子……小さいけど、とてもいい子のようだわ……」

 ゴロはうつむいて、すすり泣きをはじめた。

 「わしはただビンカを守ってやりたかっただけなんだ!……もっと時間が必要だったんだ。受け入れなきゃならん真実が、あまりに多すぎる……」

 あのときのゴロには、ぼくも心をゆさぶられた。ビンカはゴロのそばにかけ寄ると、彼の頭をやさしくなでた。

 「ぼくもじっくりと時間をかけるつもりだったんです。あなたが少しずつ真実を受け入れていけるように、気長に待つつもりでいました。ところがせっかちなビンカが、いきなりの行動に出て、なにもかも調子がくるってしまいました。われわれの情報部員がいま、あなたたちのことを、PPがどのていどまで調べをつけているか、確認中です。まだもとどおりの生活にもどれる可能性はありますから、そう落胆なさらないでください」

 ゴロがほんの少し、元気を取りもどしたように見えた。

 「か、可能性があるのか?どうやったらわかるんだ?」

 「ちょっと、その件だけど、どうなっている?」

 アミが天井を見あげる。

        “彼らはいま、診療所や連行に使った車やPPの留置場で指紋採取しています”  

 「で、指紋にかんしてだけど、この国ではどうなっているの?」

        “それが……ここでは全員に身分証明書の携帯が義務づけられていまして、そのさいかならず指紋をとることになっています。つまり、全国民の指紋が登録されているのです”

 「クソッ!」(クラト)

 「まったく!」(ぼく)

 「なんてこった!」(アミ)

        “……でも、ご安心ください。われわれの仲間がすでに、あなたがたの指紋をきれいに消してしまっています”

 「うわー!よかった」

 みんながいっせいによろこびの声をあげた。まだどこかしずんだふうの、ゴロひとりをのぞいて……。

        “だから、PPにはもう、あなたがたがだれだったのか、まったくわからないはずです”

 ぼくたちはもう大感激で、みんなでなんともなんどもだき合った。

 ゴロはすっかり落ちついたようすではあったけれど、あいかわらずよろこびの色をあらわそうとはしなかった。だけど、クローカとビンカがだき合ったとき、ちらりとだけほほえんで、そのつぎにはいつものゴロらしい仏頂面を取りもどしていた。




 

【感想】

 ゴロがなかなかアミたちを信じられないことは、容易に想像できる気がしました。ビンカの本を読んでいたとしても、ファンタジーだと認識していれば、またさらに起きている現実を受け入れるのは難しいことだと思います。自分が持っている認識を覆されることになるのですから、、、だから、情報開示は少しずつ「お手柔らかに」やる必要があるのでしょう。「本当は邪悪なのに、あたかも善良であるかのように思い込ませる」ことに騙されまいと考えるゴロは、かつて純真に信じて裏切られた過去からの「悲しみ」と「怒り」を感じます。


 アミが言う「なんにも知らない子ども」だと思えばいい、という発言には一抹の違和感を感じました。わたしは子どもは「なんにも知らない」存在ではないと思うからです。子どもたちは愛と信頼100%だからこそ、全てを信じて受け入れている状態なのです。それを「なんにも知らない」と表現し、「教えてあげよう」とするのはエゴな気がするところから来る違和感でしょう。それでも、ゴロのような状態の怖れがいっぱいの人に対してはその考え方でもいいのかもしれません。何しろ、怖れがいっぱいの人から発せられる怒りや不快感のパワーはインパクトが強いですから、それから身を護る必要がありますもの。。。

 

 政府が情報を得ようとし、そして隠ぺいしようとする目的はひとえに「覇権をにぎれるかどうか」ということが明らかになりました。その考えを知った上で、それをどう解釈するかが重要なのだと思います。政府は間違っている!という考えを持つと「覇権を握る」という世界線に生きることになります。政府がやりたいことを理解した上で、自分自身は「何を選ぶか」はどの世界線を選ぶのかにつながると思います。わたし自身はその政府が機能する国で生きながら、自分自身を信じて、日々の決断をしていこうと思います。

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