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【朗読】44)『アミ3度めの約束』第3章 新しい人生 ①

エンリケ・バリオス著の『アミ3度めの約束』の朗読と個人的な感想です。





【文字起こし】

(漢字表記も含め全て原文のままです)


第3章 新しい人生 ①


 「これでクラトの人生はすっかり変わったわね、どうするの?これから……都会にもどるの?」

 とビンカが聞いた。

 老人は少し考えこんでから、

 「ウーム、都会か、……現代でさいしょに変化したテリ……わしは名声なんか、まっぴらだからな……それにくらべて、ここは静かだし、何カ月もだれにも会わずに暮らしていけるし、ここにいたほうがずっと幸せだよ」

 と言った。

 ぼくたちはほんとうは彼がひとりぼっちにたいくつしたり、落ちこんだりしていたことを知っていたけれど、なにも言わなかった。

 「テリの巡視隊も見かけないの?」

 「スンボとワコの戦争が終わってからは、だれひとりとしてこのへんをとおる者はいないよ」

 「それでたいくつしないの?クラト」

 「ウム……正直いって、ときどきひとりぼっちをさびしく感じるときがある……。ところでアミ、“ベドゥリート”の惑星に行く切符は持ってないのかい?ひょっとすると、あっちには、いいばあさんがいるような気がするんだがね……」

 「でも、名声を得るのがイヤだというのなら、地球へ行ってもそううまくいかないよ……地球におり立った宇宙人、なんてね、どう思われると思う?」

 とぼくは言った。

 「でも、どうしてわしがよその惑星の人間だってわかるんだい?だまってりゃ、わかりっこないさ、それで問題解決だよ」

 「クラト、その耳やそのむらさき色のひとみや、白髪のまじったピンク色のかみの毛を、いったいどう思ってるの。だれでもクラトを見たら、ふるえあがってにげだすよ、地球人以外のあらゆるきみょうなのを想像して……」

 とぼくは笑って言った。

 「見かけを少し変えないかぎりはね……」

 とアミは気をもたせるような言い方をした。

 六つの目は小さな宇宙人を穴のあくほど見つめた。

 「ちょっと、きみたち! そんなふうにぼくを見ないでよ。だれも殺したわけじゃあないんだから!……ぼくが言いたいのは、われわれの技術でどんな生物でも外見をあるていどは変えることが許されているということなんだ。でも、どんなことでも許されているということじゃない……」

 「じゃ、脚を少し太くすることは!?」(ビンカ)

 「じゃ、背を少し高くすることは!?」(ぼく)

 「しわをのばすことは!?」(クラト)

 ぼくたちは、一人ひとりが望んでいることを、アミがかなえてくれるかもしれないと知って、こうふんして言った。

 アミはいつものように大笑いをして言った。

 「バカなことは言わないでね、これはとてもデリケートな問題であって、個人のおしゃれごころを満足させるためのサービスじゃないんだ」

 「じゃ、なんのための?」

 とぼくは聞いた。

 「ウーン……、この件にかんしてはまだ言わないほうがよかったようだ……ときには必要なばあいがあるんだよ。たとえばだれかが文明世界に生まれ、未開世界の惑星の進化を手伝うようなことになったばあいとか……」

 そこまで聞いて、ビンカはいきおいこんだ。

 「つまり、わたしは文明世界には生まれなかったけれど、アミはわたしの外見を変えて、地球に住めるようにできるんだわ。わたしの耳をまるくしたりとかして……」

 「とんでもないことだ。いまのままが大好きだよ」

 とぼくはびっくりして言った。

 「わしのしわをのばして、“べドゥリート"のようなスベスベしたはだにできるんだ……すばらしいことだ!さっそく、アミの空とぶおんぼろマシーンへ行って整形手術をしてもらおう……。でも痛くはないんだろうね?」

 「いま言ったように、この技術はおしゃれのためのものじゃなくて、ほんとうに重要なときのためだけにあるんだ」

 「ひとが若く見えるようになることが、重要なことでないとでも言うのかい、アミ?」

 「いや、クラト。重要なのは、一人ひとりが内面にあるほんとうの自分のすがたを、外にむけて表現することなんじゃないかな?それさえほんものだったら、たとえ、しわでさえも美しいはずだよ」

 「それは、わかっているよ。わしはしわのおかげで、こんなにいい男なんだし、わしの女性ファンたちがほっておかないんだ……だからこんどは、それほど魅力的でなくていいから、しわのない顔にしてほしいもんだよ。ホッホッホッ!」

 「くりかえすけど、われわれの科学は美容整形とはちがうんだよ」

 「でも、きみたちはわしの羊皮紙が、たくさんのひとのためになったと言ったじゃないか……四百年くらいは若返らせてもらっても……どうかね?」

 地球が地球の太陽をひとまわりするあいだに、キアはキアの太陽を二十回まわる。だからキア人は、地球人よりも二十倍はやく年を取るんだった……。計算するとクラトはたぶん、千四百歳くらいだろう。つまり、地球の年で数えれば、七十歳くらいになる……でもあとになって、もう少し若いことがわかった。

 アミはうでを組んだまま、身動きもせずにじっと別のほうを見ていた。

 「じゃ、三百年だ。ペストソを吸うのももうやめたし、最近ずっと悪い言葉も使っていない。×××××なんて言ったこともない、あっ、失礼!ホッホッホッ!ウム、じゃ、二百五十年?」

 「愛から生まれたものは、取引の対象にはならない」

 とアミはぼくたちを見ずに言った。

「二百年?わしはあの羊皮紙を書いたじゃないか」

 とクラトはおろかにも言いはった。他人ごととはいえぼくは、はたで見ていてはずかしくなった。

 「大きな魂にとっては、大きな奉仕ができたことそれじたいが報酬なんだよ。奉仕とは援助ではなく、特権なんだよ」

 「じゃ、ニ日?きょうは耳も洗ったし、お祈りもした……」

 とてもふざけた調子でクラトは言った。そのときぼくたちはやっと、彼がじょうだんで言っていたんだということに気がついて、大笑いしてしまった。

 ビンカはそのあと、なおも言いつのった。

 「じゃ、こんどはまじめな話だけれど、アミ。わたしが地球に住めるように、わたしの外見を少し変えることできるの?どうなの?」

 「わかった、わかったよ。できるよ、でも、あまり期待はしないほうがいい。ゴロおじさんのことを忘れないでね……」

 「その話をわしにしてくれんかね?」

 とクラトが言った。

 ビンカはぼくたちの問題を話しはじめた。クラトは事情をすっかり理解すると、がぜんはりきりだした。

 「わしがビンカのおじさんを説得しにいくよ。で、もし、わしの言うことを聞かなかったら、わしのこのゲンコツで……」

 と言って、にぎりこぶしをつくってもういっぽうの手のひらをたたいた。

 それにはだれもおどろかなかった。

 「わたしのおじさんはテリで、からだがかなり大きいの……」

 「テリ?うむ……じゃ、みんなでよい方法を考えて説得しよう。いつも平和で思いやりのある方法を選ばなくっちゃね、子どもたち。ホッホッホッ!」

 ぼくはそのときハッとした、とてもよい考えが思い浮かんだからだ。

 「アミ、ゴロおじさんがテリからスワマに変わる可能性ある?」

 「そうなったらすばらしいよ、ほんとうに。でも、ぼくの調査した結果では、彼の現在の水準だとそこまでいくのは、まだまだむずかしいとでている。だから、その可能性は期待しないほうがいいよ、ペドゥリート」

 それを聞いたクラトは得意になって、

 「この精神的な高さまで到達できるのは、どんなテリでもというわけじゃないからね、ホッホッホッ!」

 「アミ、わたしのおじさんを説得するなにかいい考えはないの?催眠術かけちゃダメなの?」

 とビンカが聞いた。

 「とんでもない。それは宇宙の法に反することになる。催眠術をかけてひとをあやつるなんてね。どんな理由があろうと、個人の選んだ自由は侵害してはいけないんだよ」

 「でも、アミはさいしょの旅のとき、警官に催眠術をかけたじゃない……」

 アミはぼくの混乱しているようすを見て笑って言った。

 「あれは遊びだよ、ペドゥリート。少しも彼らを傷つけてない。すべてをそうきょくたんにとらえるべきじゃないよ」

 「でも、そのあとにはぼくに催眠術をかけて、岩の上にきざんである翼のはえたハートのマークが見えないようにしたよ……」

 「うん、あとでおどろかせてあげようと思ってね。うれしいおどろきだったはずだよ……」

 と楽しそうに笑った。

 「うん、そのとおりだよ。でもそのあとには、テリに催眠術をかけてぼくたちが見えないようにしたよ……」

 「うん。きみたちを守ってあげるためにね。それはちっとも悪いことじゃない。じっさいには本人はそうしたくないのに、催眠術をかけたり、暗示にかけたりしてこちらの思うように動かすのがいけないんだよ。たとえば、宣伝とかコマーシャルのばあいだよ。おおぜいのひとを洗脳して、売りたいものを売ったりね……一部の広告業者が、宇宙の法から見てどんなにひどい不正を犯しているか、彼らはそれにまったく気づいていない。……そしてかならず言うんだ。“ど、どうして神はわたしをこんなに罰するの?”“わたしは、なにも悪いことしてないのに”……」

 「なにが言いたいんだい?アミ」

 とクラト。

 「宇宙の基本法は愛だ。それを破ったときは、とても苦しむのさ、だって、自分のしたことはぜんぶ自分に返ってくるからね。もし、その広告業者が、自分たちの知識と才能を人類の幸せにつながることや、意識の進歩をたすけるようなことに使えば、それとひきかえに、すばらしいものが受け取れるんだよ。だから、これを“ブーメランの法則”ともいうんだ」

 「ブーメランの法則?」

 と三人とも聞きかえした。

 「原因と結果の法則、つまり信用・反作用の法則だよ。もし、きみがとてもよいことをすれば、すばらしいものがきみに返ってくる。もし、人々に害をおよぼすようなことをすれは、きみがしたのとおなじ“色”の害がきみに返ってくるよ。この法は宇宙の存在すべてに対して作用しているんだ」

 クラトは感動して、

 「ということは、わしの羊皮紙の件はじょうだんじゃなかったんだ。つまり、そのお返しになにかよいことがあるってことだ……」

 「そのとおり、法はかならず実現する。でもうぬぼれないように」

 「でも、最近、ちっともいいことが起こらない」

 「なんてかんしゃ知らずの老人なんだ。いままさに、長い苦しみから解放されたばかりだっていうのに……」

 アミはちょっととがめるような目で、クラトを見やった。

 「うっ!ああ……それはそうだ。そのとおりだ……」

 「もし、ぼくがこなかったら、クラトはずっとあのままビクビク暮らしていかなきゃいけなかったんだよ。かくれてる意味なんて、もうどこにもないのに。でも、“なにか”がぼくをきみに会いにいかせるようにさせたんだ」

 「たぶん、正しいと思うよ、アミ。でも……」

 「でも、なに?クラト」

 「もう、わかっていると思うけど、わしはさびしいよ……ひとりぼっちだ……」

 「もう都会にもどることもできるよ」

 「わしのような年寄りがかい?都会に行ったところで、いったい、どうやって生きていったらいいものかもわからない。それに都会にはひとりも知り合いがいない。世の中のことはまったくわからないし、ただじゃまものになるだけだ。おまけに、これはわしにとっていちばん重要なことだけど、わしの愛しているのは、アミとこの子たちだけだ。愛しすぎているほどだよ……だから、いっしょに住むという話をつくりあげたんだ。わしにはもう、これ以上の別れにはたえられそうもない」

 ビンカとぼくは感動して、愛する老人にだきついた。

 「また、メロドラマがたんじょうした……」

 とアミはほほえみながら言った。

 「もうこのへんで、ぼくたち三人いっしょに住むことはできないの?」

 とぼくがたずねると、アミは思いがけずとてもまじめな顔で、ぼくを見て言った。

 「ペドゥリート、ほんとうにそう望んでいるの?」

 「アミ、わかるだろ?もしまたビンカをおいて地球にもどったりなんかして、その上この山奥にたったりひとりで暮らしているクラトを思ったりした日には、ぼくの心はまっぷたつに裂けちゃいそうだよ。もう、そんなこと、ぼく、たえられないよ……そうだよそうだよ、これがほんとうの願いだよ、アミ」

 「だったら、それを求めたらいい、いや、それよりも、それがほんとうに実現するように決めたらいい。自分じしんで、そして、それが現実となるようにつよく言じることだよ。絶対にいに手に入るって思えたら、それは手に入る。でも、うたがいの気持ちや誘惑のとりこになったらダメだよ……。それからもうひと言。よい願い、すばらしい願いはきみの内側のいちばん高い部分から、つまりきみの中に住んでいる神の部分から生まれているんだ。もし神がその望みをきみに託したんだとすれば、それはきみに実現する力があるということなんだよ。でも、それを実現するには、きみのつよいと信念がどうしても必要なんだ、わかる?」

 「うん、じゃ、ぼくたち三人は、地球へ行って、ずーっといっしょに暮らせるって、ぼくは信じる!」

 ぼくは声をふるわせてさけんだ。

 「わたしもよ!」

 「わしもだ!」

 ビンカもクラトも幸せそうに声をそろえた。

 「そうだ。そうこなくっちゃ。それじゃ、みんなでこれからゴロを説得にいこう」

 とアミは明るく言った。

 「わしもいっしょに行っていいかな?アミ」

 とクラトがたずねた。

 「いいよね、アミ。ぼくたちといっしょにきても!」

 とビンカとぼくはさけんだ。

 「うん、ちっとも問題ない。いっしょに来てもいいよ、クラト」

 「ヤッホー!ばんざい!ホッホッホッ!」

 クラトは大よろこびだった。

 「なにかいい計画でもあるの?アミ」

 「なにもない。でも、ぼくたちの願いはかならず実現するよ。そうだろう?」

 「もちろん!!!」

 ぼくたち三人は声をそろえうなずいた。


 アミはビンカの都市へ行こうと言った。ビンカが住んでいるのは、クラトの小屋があるところから遠くはなれた、キアの別の大陸なんだけど、アミの円盤のスピードを考えればなんてことのない距離だ。

 クラトは生まれてはじめて“UFO”に乗ったので、感動のしっぱなしだった。円盤のまどガラスにはなをくっつけて、どんなに小さなことでも見落とすまいとしていた。

 「ホッホッホッ!……これはすごい!……でも安全なんだろうな……わしはかなり体重があるし、この乗りものは“トバ”のからみたいだし……」

 トバとは、だいたいクルミのようなものだということがわかった。

 「クラト、そのとおりだよ。この円盤は超軽量の物質を使っているからとても軽いんだ。でも、心配ご無用、どんなに重いものを乗せたって、もちあげることができる。なぜなら、この中では外部の重力が消えるんだよ。ここでこうして立っていられるのは、この中で人工的な重力がつくりだされているからなんだ。ここでそれを調節するんだよ。見てごらん」

 アミがなにかそうさすると、ぼくたちはとつぜん、空中に浮きはじめた。自分たちの体重を感じられない。ただひとりアミだけが、イスをしっかりつかんでいて、おなじ場所にいた。

 「これは空中を泳ぐようなものだ、ホッホッホッ!」

 クラトはかべをけって、空中に浮いたままそうじゅう室の中をよこ切った。ぼくたちもまねてみた。

 ビンカはつま先だってクルリとまわった。いつかテレビで見たことのある、シンクロナイズドスイミングみたいな動きだ。ビンカはそれからしばらくのあいだ、空中に浮いたまま、優雅な動きをつづけていた。なんてきれいなんだろう!

 アミが笑いながらボタンを押すと、ぼくたちはゆっくりと床に落ちた。

 「オットットットット……ウッ!どうやら、くびの骨を折ったようだ!入院費と慰謝料をはらってもらわないと、アミ。ブーメランで罰せられるよ、ホッホッホッ!」

 「ぼくは重力をきゅうにもとにもどすほど不注意じゃないよ。ところで、きみたち、不注意ということも、ひとつの悪のかたちだっていうこと知っている?」

 とアミが言った。

 ぼくにはよく意味がわからなかった。

 「たとえば、乗客がいっぱい乗った旅客機のパイロットが不注意なミスをするとか……それから、そうだなあ……機械が故障したとか……」

 すぐに理解できた。

 「不注意は、わざとやったのとおなじくらい、たくさんの害を生みだすこともある。だからいつも、すべてのことをあるべき状態にきちっと整理しておくように。注意力散漫なひとにならないようにね。忘れっぽいんだったら、きちんとメモをとって確認するくせをつけるように。道路をわたるときもじゅうぶん注意するように。いつだって注意をおこたっちゃダメだよ。だって、宇宙は不注意なひとたちをたすけることはできないんだからね」

 「アミ。それ、どういうこと?」

 「もし、どろぼうのたくさんいる地区で、鍵をかけるのを忘れたら……」

 「ああ、なるほどね……」

 「不注意は、大きな事業を失敗させることにもつながる」

 「じゃ、円盤のそうじゅうには、じゅうぶん注意してくれよ、アミ」

 「取りこし苦労は無用だよ、クラト。これはコンピューターに直結してあってひとりで動いてくれる。ぶつかったり、落ちたりしないように、情報がインプットされてあるんだ」

 「でも、いつも用心にこしたことはない、不注意は罪だからね、ホッホッホッ!」 

 二分後には、ぼくたちはだれにも見えない状態で、ビンカの都市、それもちょうどビンカの家のま上にいた。モニターのスクリーンをとおして家の中を見た。

 (例にもれず)かなりみにくいテリがひとり、くつろいだようすでイスに腰かけて新聞を読んでいた。でも、このけだも……(おっと!失礼)、このひとはとてもきちっとした服装をしていた。頭と手にはみどり色の長いふさふさとした毛が見えたけど、よくとかしてあってツヤツヤしていた。彼のまえには、編みものをしているスワマの女のひとがすわっていた。

 「わたしのおじさんとおばさんよ。ねー、わたし、ここよ!」

 「ビンカ、聞こえないよ、さいわいなことにはね。もし、きみがこの円盤の中にいるなんてわかったら……」

 「でも、いつかはわかっちゃうよ……だって、ビンカが地球に行けるように、ゴロおじさんにたのみにきたんだもの」

 「なんとか、ゴロを説得するよい方法を考えよう……何日も、もしかすると何週間もかかるかもしれないけど」

 「そんなに!」

 「イヤ、それどころか、何カ月、最悪のばあいは何年もかかるかもしれない」

 おどろきのあまり、ぼくたちが口をポカンと開けているのを見て、アミは少しびっくりしたふうに、

 「そんな顔しないでよ……ごめんね。楽観的にいこうと決めたのに、ぼくじしんで忘れてしまったよ。でも、あまり非現実的なのもよくない。石のように頭のかたいひとが相手だ。むこうの立場になって考えてごらんよ。たいせつな女の子を、聞いたこともないよその惑星へ行かせるんだよ。しかも、つれていくのは宇宙人なんだから……わかった? 説得するのがどんなにむずかしいかってこと」

 少し考えれば、すぐわかることだった。きゅうにみんなしょんぼりしてしまった。

 「でも、信念を捨てちゃダメだよ。今夜のところは、みんなそれぞれ自分の家へ帰ってねることにしよう。明日、また、むかえにいくよ。説得できるまで、これまでとおなじように生活していこう。ビンカ、この話はまだ、おばさんにしかしちゃダメだよ。あせらず、少しずつやっていくことだ。たった一日でなんとかなる問題じゃない。ペドゥリート、クラト、ぼくたちはモニターで彼女の反応を見ていこう」

 「わかりきったことだわ……わたしが空とぶ円盤に乗って、遠くの惑星へ行きたがってることを知ったら、ふたりとも大よろこびよ。よろこびのあまり、わたしを病院につれていくわね!きっと」

 「でも、もしきみのおばさんが“UFO”を見たとしたら……」

 とアミは元気づけるような笑顔で言った。

 「おばさんに、円盤を見せるようにするの?」

 「必要であればね。もし、上の許可が下りたらの話だけど。もちろんいますぐってわけにはいかないよ……」

 ビンカはいらだっていた。

 「どうしていますぐできないの? そんなに待てっこないわ!」

 「ビンカ、少しずつってことがかんじんなんだよ。あわててやってもダメだ」

 「おばさんにだったら、円盤を見せたって問題ないと思うわ。アミのほうこそ心配しないでよ。ウフフフ、クローカおばさんは少しずつ、わたしの言ったことを信じるようになってきているし、みんな知っているようにわたしの言ったことを認して、本にしたのは、おばさんなんだから。もちろん、さいしょのうちは、取りつくしまもなかったわ。でもおばさんは変わってきたの。あと一歩ってところまできているのよ」

「信じるようにって、ビンカ。きみのおばさん、あの本に書いてあることのすべてを?」

 とぼくは聞いた。

 「すべてってわけじゃないけど、キア以外の惑星にも知的な生命が存在しているってことは、いまはもう受け入れているわ。おばさんのほうはそれほどむずかしくないの。問題はおじさんのほうよ……」

 「きっとうまくいくよ。運がよければ、ビンカのトランクは、こんばんにはもうぼくの家だ。ひとへやあいているし……」

 とぼくは希望に胸をふくらませて言った。

 「ペドゥリート、楽観的になるのはよいことだ。でも、夢想的になるのはよくないよ」

 とアミは親しみに満ちた目をぼくにむけた。

 「アミ、それ、どういうちがいがあるの?」

 「ンー……じっさいにはすべてが可能なんだよ……」

 「ほんとうにすべてがすべて?」

 とビンカはうたぐり深く聞いた。

 「ンー……無分別なこととか不合理なことをのぞいてね。とうぜんだよね。たとえば……だれかが有名な演説家になりたいと望んだとする。でも、彼には舌がなかったとしたら……。あるいはだれかがこの円盤のような宇宙船に乗りたいと考える。でも、彼のハートは憎しみとしっとでいっぱいだったとしたら……でも、ふつうのことなら、ほんとうに望んだことは、かならず実現するよ。それに必要なことを、きちんと踏まえてやればね」 

 「もう少し、よく説明してくれない?」

 「うん、たとえば、木の種が大きな木に生長するには、それに必要な過程があるだろう。必要な時間とか養分とか手入れとかが……それとおなじで、どんなプロジェクトにだって、夢にだって、願いにだって、それが実現するために必要な過程があるということに気がつかなければならない。すべてが可能だよ。でも、それに必要な時間と努力はどうしても必要なんだよ、わかる?」

 「ムフロスのジュースの発酵とおなじようにね。きょうつくって、明日できるというもんじゃない」

 とクラトが口をはさんだ。

 でも、ぼくは今夜にでも、ビンカがぼくのそばで生活できるかもしれないといううれしい可能性で、胸がはちきれんばかりだった。アミはぼくの考えをキャッチして言った。

 「悲観主義者はまちがっている。だって、すべてが可能だからだ。でも、夢想家もまちがっている。だって、不合理なことと、ほんとうの可能性の区別がつかない。あるいはなにかを実現するなり、手に入れるなりするのに必要な時間とか過程のことなんかが、まったく頭にないからだ。くりかえすけど、ぼくはゴロの頭の中について深く研究した。はたして彼を説得できるかどうか――その結果は“不可能”とでている。だから、われわれは論理に反したこころみをしようとしているんだ。ペドゥリート、これは短期間ですぐに解決できるようなものじゃない。でも、悲観的にならないで、うまくいくように、信念をもっていこう。きみはちょっと忍耐が不足しているということを反省していかないと。今夜はざんねんだけど、ひとりで家へ帰らなくちゃね、おばあちゃんが待っているし」

 「“ベドゥリート”にはおばあちゃんがいるの?」

 「うん」

 老人は興味しんしんのようすだ。

 「ウム……離婚しているの?……それとも未亡人?」

 「ちがうよ!ぼくのおばあちゃんは聖女なんだから、離婚なんかするわけないんだ。それに、ぼくのおじいちゃんはちゃんと生きている。とっても気むずかしい人さ」

 とぼくはうそを言った。だって、おばあちゃんは未亡人だからだ。

 「できるだけうそはつかないように、ペドゥリート」

 アミがぼくに注意した。

 「ああ、おじいさんはいないのか……じゃ、わしのこと“おじいちゃん”と呼んでもいいよ“ベドゥリート”」

 みんなはいっせいに笑ったけれど、ぼくは少しもおもしろくなかった。

 アミは、背の高い木々がうっそうと茂った、ビンカの家の中庭の上に、円盤を停止した。

 「明日の朝はやく、ここで待っているからね」とアミはビンカに言った。

 ぼくは、まるでビンカがこれから戦争にでも出かけるかのように、悲しい気分で彼女に別れをつげた。

 アミはいつものように、ぼくたちの大げさなやりとりを見て笑っていたけれど、あのときにかぎっては、正しいのはぼくたちのほうだった。

 ビンカにはそのときたしかに、みにくい“戦争”が目の前にせまっていたんだから。ぼくたちがつぎに会えるまでには、かなりハードなドラマを乗りこえなくちゃならなかった……。


 

【感想】

 クラトが「羊皮紙」に関する報酬の要求をしたときにアミが言った「大きな奉仕ができたこと自体が報酬。奉仕とは援助ではなく、特権」。こちらを読んだとき、ちょっと意味がわかりませんでした。言葉の意味を調べて、わたしなりに理解した意味は「大きなサービスができたことで、名誉という報酬を受け取っている」です。そう思えるようになれたらいいな、と心から思いました。


 また、「ブーメランの法則」は日本でいう、「情けは人の為ならず」ということですね。行いは必ず自分に還ってくるということ。これは宇宙の基本法に則っているとのこと、これを忘れず、自分の行動を省みることが必要ということだと肝に銘じます。


 「考えたことが現実となる」これを聞くと本当かな?と疑いの目で見てしまうことはあると思います。強く信じたって叶わなかったことがある、という人もいるかもしれません。もちろんわたしもそう考えていた一人です。ただ、今は「本当の望みは現実となる」と表現すればその通りだな、と思います。「本当の望み」とは寝ても覚めても、ずっと願い続けるような強い想いです。強い想いの願いはおそらく自分のためではないような気がします。「誰かのため」その要素が入らないと、自分のエゴの願いだけでは、それだけ長く思い続けられることはないと思うからです。しかも、その願いが叶うためには「時間と努力」は必要だ、ということですから、ただ楽して願うだけでは願いは叶わないのですね。

だからこそ、現実化した人はそれだけで尊いのだと思います。


 最後に「不注意はひとつの悪のかたち」という言葉にはドキッとしました。ケアレス・ミスって誰しもあるよね、という軽さで捉えてはならない重みを感じました。京セラの稲盛さんは、どんなときも「有意注意」でささいなことにも「氣」を込めて取り組む必要があるとおっしゃっていたことを思い出しました。この有意注意が習慣になってきたら、問題が起きてもすぐにその核心が掴めるようになる、とのことですので、それを目指してやれるようになりたいですね!



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