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【朗読】42)『アミ3度めの約束』第2章 クラトの秘密②

更新日:11月9日

エンリケ・バリオス著の『アミ3度めの約束』の朗読と個人的な感想です。




【文字起こし】

(漢字表記も含め全て原文のままです)


第2章 クラトの秘密 ②


 まどの外に、“時間・空間”の次元をこえるときにあらわれる、いつもの見なれた白いもやが見えた。それは、ぼくたちが、ずっと遠くに旅立っていることを意味していた。

 「こちらはキア星に向かう宇宙船、目下のところ、敵の宇宙船ナシ」

 マイクをもって、アミがじょうだんを言った。

 「ああ、ぼく、その映画見たよ、アミ。これから、ビンカの家へ行くんだろう?」 

 「やっかいな用件は、ちょっとあとまわしにして、まず、クラトに会いに行こう」

 「わぁい!……」

 とぼくは大よろこびでさけんだ。だって、クラトはすごくゆかいな老人で、ぼくはとても親しみを感じていた。ビンカもぼくとおなじでうれしそうだ。

 「うれしい、また、クラトに会えるのね。それにブゴのトゥラスクにも……」

 ブゴというのは、クラトの飼っている地球にいる犬を大きくしたような動物で、ダチョウのようなくび、ネコのような顔、それに毛糸のような長い毛をしている。そうしたら、ガラボロという動物を思いだした。水の中をもぐったり、その二本の足で歩きまわったり鳥のように空をとんだりするこのかわいい動物を、たいていのキアのひととおなじようにビンカも食べるんだった。彼女にじょうだんを言ってやりたくなった。

 「でも、だれかさんが食べるガラボロの肉を、ぼくにも食べるよう強制しないだろうね。だれかさんのように」

 と彼女を少し皮肉るように見やった。彼女は笑いながらぼくを見て、

 「だれかさんはあの動物を食べるけど、そんなに野蛮じゃないわね……なんていったっけあなたの食べるあのかわいい動物は?」

 「子羊だよ。でも、ぼくはもうあれからずっと食べてないからね」

 「ほんとう?ぺドゥリート、もう肉、食べないの?なんてすばらしい!」

 とアミがさけんだ。

 「エーっと……ウーン……ぜんぜん食べないっていうわけじゃないんだけどね、あれを」

 「あれって、死んだ動物の肉のこと?」

 とアミが笑って言った。

 ビンカは弁解しようとした。

 「クローカおばさんはやさいの料理をあまりよく知らないの、それにいまは、肉しか食べないテリと結婚したから、なおさらよ……」

 それを聞いたぼくは、ぼうせんとしてしまった。

 「な、なんだって!?きみのおじさん……テ、テリ!?……」

 「ええ、そうよ。ぺドゥリート」

 「ということは、つまり、ぼくたちはこれからテリを説得しにいこうとしてるってわけ?……」

 ぼくは恐怖とおどろきのあまりさけんだ。

 テリなんかを、いったいどうやって説得しようっていうんだ!だってだって、テリって、あのテリなんだよ。ゴリラみたいな毛むくじゃらの巨体で、おまけにひどく野蛮で乱暴ときた。それがよりによってビンカのおじさんだなんて!!それにキアにはふたつの人種がいて、ひとつはスワマ(ビンカはこちら)、もうひとつはテリ。敵どうしでわかり合えないスワマとテリのはずなのに、それが夫婦だなんて、どういうことなの?!

 「スワマとテリの夫婦はめずらしくないんだ」

 とアミが言った。

 「ぼくは宿敵かと思っていたよ……」

 「人種として考えればね」

 アミがわかりやすく説明してくれた。

 「それはちょうど、ふたつの敵対した国のようなもんなんだ。でもときにはその憎しみをこえて、愛するふたりが結ばれるばあいもあるんだ」

 「そのとおりよ。個人のレベルでは、ときにはおたがいを受け入れ合って、友情とか愛情とかが育っていくばあいもあるの。だからテリとスワマのあいだでも、夫婦になっているひとたちは少なからずいるのよ」

 地球でも、人種闘争のある国々でおなじようなことが起こるから理解できた。でも、地球じゃみなおなじ人類だ。キアではそうじゃない……。

「子どもはどうなるの?もし子どもが生まれればの話だけれど……」

「もちろん、生まれるよ。ときにはスワマが、ときにはテリがね」

 ぼくはとてもおどろいた。

「じゃ、お母さんがテリで、子どもがスワマってこともありうるの!?」

 ビンカはとうぜんという顔をして、ぼくに説明してくれた。

「もちろんよ、ぺドゥリート。だって、わたしじしんがそうだもの。わたしの母はスワマで、父はテリなの。でも、わたしが赤んぼうのとき、ふたりとも戦争で死んでしまったわ。それで、スワマのクローカおばさんが、わたしを育ててくれたのよ。でもおばさんったら、新婚ホヤホヤなものだから、すっかりおじさんに夢中で、わたしのことなんかちっとも頭にないんだから……」

 ぼくはますます、頭が混乱していった。アミはそんなぼくの顔をおもしろそうに見ながら、でも口をはさまずになりゆきを観察していた。

「ちょっと待ってよ、ビンカ」

「どうしたの?ペドゥリート」

「聞きちがえたのかもしれないけど、いま、きみのお父さんはテリだって言わなかった?……」

「ええ、言ったわよ」

 とビンカはむじゃきに、あの美しいむらさき色のひとみをぼくにむけて、あたりまえのように答えた。

「それって、とくにかくしだてしたりする必要はないんだ……つまり、きみは半分テリってことなんだよね……」

「そうじゃないわ。わたしはテリを父にもっているけれど、さいわいなことに、テリでなくスワマよ」

「そんなことってあるわけないよ。だって、地球じゃ人間とゴリラでは……」

「だって、それはふたつがちがった種だからだよ、ぺドゥリート」

 とアミが言った。

「でも、スワマとテリは別の種でしょう?」

「いいや、キアにはスワマとテリから成る、たったひとつの人類しかない」

「エ!?でも、それ、前の旅じゃ言わなかったよ」

「そのとおり、あのとき、ぼくはまだこのテーマにふれられなかった。だって、まだ“変化”ははじまってなかったからね。それにきみたちはとても愛し合っているから、もしスワマとテリがおなじ種だなんて言ったら、こちらのお嬢さんになぐられかねなかったからね……」

 ビンカは笑って、

「ええ、きっと、そうしていたと思うわ……」

「“変化”って?」

「テリの中には、スワマに変わっていっているひとがいるのよ」

 とビンカが言った。

「ほんとうに!?」

 アミはボタンだかキーだかを指で押すと、毛虫がチョウに変態していくようすがスクリーンにうつしだされた。

「ちょうど、これに似たようなものだよ。テリが変わりはじめると、骨が少しやわらかくなり、小さくなる。巨大な歯はぬけ落ちて、すぐにもっと小さな歯が生えてくる。みどり色の体毛はぬけて、ピンク色のかみの毛が生えてくる。耳の先っぽがとがってきて、目はむらさき色に変わるんだ。ほかにもいろいろあるけど、とにかくおどろきなのは、この信じられないような変化が、二~三日のあいだに起こるんだよ。そしてこれはいちばん重要なことだけど、考え方や感じ方までが変わって、テリでなくなるんだ」

「そうしてスワマに、人間になるの」

 とビンカ。

「おなじようなことが地球でも起こっている。でも、地球じゃ外見の変化はほとんと目につかないけどね……」

 とアミは笑って、さらにつづけた。

「だから以前とくらべたら、テリもずいぶんおだやかになってきているんだ。とくに最近、力のあるテリがスワマに変わったこともあってね。こうした科学上の新発見が、これまでの法律を変えることにもなって、近ごろはスワマでも重要なポストにつくようになってきている。学校なんかじゃ以前ほどひどい分裂は見られなくなりつつあるし、長いことつづいたテリ・ワコとテリ・スンボの戦争も終わった。だからいまはずいぶん平和になってきているんだよ」

「いっぽうではこまったことも起きているわ。テログループが増えて、あちこちで人々を殺したり、爆弾をしかけたり。それにテリの科学技術はレベルが高いから、もっと強力な爆弾をかんたんにつくれるようになったの。これからいったい、どうなるのかしら?わたしたち……」

 それを聞いて、ぼくはびっくりした。

「地球でもずっと、ふたつのつよい国どうしがいがみ合っていたんだけど、しばらく前に仲よくしようってことになった。でも、なぜだかテロ事件はいっこうに減らない。かたっぽではより平和になったけど、かたっぽではあらたな戦争や暴力が起きている……これ、いったい、どうしてなの?アミ」

 アミは言った。

「まえにも説明したように、キアも地球もおなじょうな進化過程の途上にある。第三水準から第四水準にうつろうとしているところなんだ。こういうときにはよりせんさいで高いエネルギーが生まれて、新しく放射がはじまる。そしてその惑星に住む生物は、放射の影響を受けるんだ。この新しいエネルギーが進化をはやめる。進化についてはもう説明したと思うけど、おぼえている?どういう意味だったか?」

「うん、進化とは愛に近づくこと!」

 とさいしょの旅で学んだレッスンを思いだして言った。このはっきりした教えもぼくの人生の光だ。ぼくがゆく道を、大きく明るく照らしだしてくれている。そして、これももちろん、学校で教えてくれたものではなかった。あたりまえなんだけれど……。

「そのとおりだよ。だから、その新しいエネルギーは、人間の自覚をうながしたり、平和や団結といったより高い次元の表現をたすけるんだよ」

「でも、新しいエネルギーの効果のほどは、まだあんまりよくわからないね……」

 とぼくは、テロみたいな悲しいできごとのことを考えて言った。

「そんなことはないよ、ペドゥリート。進化のテンポは確実にあがってきている。以前、人々はもっとずっと鈍感だった。いまはもう少しじょうずに、愛について考えられるようになってきている。おかげで、不道徳なものや、愛に反したものは弱まり、悪いものとみなされるようになり、受け入れられにくくなり、ひとの法や宇宙の法によって罰せられたりすることだってある。これは大きな進歩だし、

意識や理解や愛の増大なんだ。新しいすぐれた文明にむけて、変化がはじまったんだよ」


 アミの言葉を聞いてぼくは、もうなにもしなくても、地球がオフィルみたいになれる日は近いのかと思った。――地球が無事に生まれ変わって、天国みたいになれるなんて、すてきだよ!

 アミはすぐにぼくの考えていることをキャッチして言った。

「そんなにすぐってわけにはいかないよ。だって、意識や理解や愛が増大して、人々のハートや頭の中に新しい世界が生まれつつあるかわりに、いままで人々のハートや頭の中にあった世界が滅びつつある。でも、完全に消えてなくなるにはかなりの時間がかかるし、それにほんとうに消えてなくなるかどうかもわからない。古い世界っていったって、まだまだすごーい力をもっているんだ……」

 アミの不吉な話し方に、ぼくたちは顔を見合わせた。

「きみたち、世界の暴君を知りたいかい?」

 とアミが言った。

「どの世界の暴君?」

「地球の暴君もキアの暴君も、基本的にはおなじようなものだよ。きみたち両方の惑星の“文明”……もし、そういうふうに呼べるならだけど……とにかく、それを支配している存在がいるんだよ」

「世界の暴君だって!……地球にもそういうのがいるなんて知らなかったよ」

 ぼくは言った。

「キアには世界の暴君っていうのはいなくて、それぞれの国に大統領がいるの……」

「そうじゃないよ、ビンカ。ちゃんといるんだ。ちょっとあのスクリーンを見てごらん」

 そう言ってアミは、よこにおいてある大きな透明なガラスを指さした。ぼくはそれをてっきりただのかぎりかなんかだとばかり思っていた。

「これから、その原型とでもいえる、彼のすがたを見てみよう」

「なに?その原型って?」

「見ればわかるよ、ただ言っておくけど、これから目にするものは、じっさいにはそういうすがたはしていない。でも、たいていのひとがそういうイメージをもっているんでね、でもほんとうは、それはあまり高くない力、エネルギーのことなんだよ」

 ひどくやせていて背の高いひとがあらわれた。床までとどく赤いマントを着て、顔は……うしろむきだったのでわからなかった。歩きながら、だんだん遠のいていく感じだったけれど、“カメラ(?)”は、彼のすぐそばまでどんどん近づいていった。とつぜん、おどろいたように男はこっちをふりかえって、ぼくたちをじっとにらんだ。ぼくは気絶しそうなくらいびっくりした。赤いマントの下は黒ずくめで、男は氷よりも冷たい表情をしていた。身の毛のよだつようなまなざしで、食いいるようにぼくたちを見つめてくる。悪とかざんこくとかを顔にしたら、きっとこれ以上のものはないだろう……。男の白目の部分はまっ赤な色をしていて……そして、その青白い手には長いつめが生えていた……。ぼくはとってもこわかった。

 ビンカは小さな悲鳴をあげると、あとずさりしてうしろのほうへ走ってかくれた。

「アミ、はやく!それ消して!それ、ドラキュラだ!」

 とぼくはさけぶように言った。

「そうじゃないよ、彼が世界の暴君なんだよ」

とアミは笑いながらスクリーンを消した。

「ウップ!……やれやれ、ビンカ、出ておいで、もういないから」

「……ほんとうに?」

「ほんとうだよ、ビンカ。それにこわがる必要なんかないんだよ。だってあの男はじっさいにここにいたわけじゃないんだからね。あれはたんに集団の無意識のなかにあるものをうつしてみただけのことなんだ」

「でも、ぼくのほうをにらんでいたよ!」

「だって、“カメラ”のほうを見ていたんだからね」

 とアミは笑いながら言った。

「その世界の暴君ってなんなの?わたし、そんなのいるなんて知らなかったわ」

 おそるおそるもどってきたビンカが言った。

「どこに住んでいるの?」

「すべてのひとの意識の奥底に住んでいるんだよ」

 それを聞いたビンカはうろたえて、

「じゃ、あの悪魔、わたしの中にも住んでいるの?」

「ひとの中にはすべてがあるんだよ、ビンカ。すべてがね!愛の神から、いま見たような“悪魔”まで住みついている。でも、それは一人ひとりの問題であって、自分の水準に合わせて、自分の中にあるおそろしいものなり、美しいものなりを、自分の人生で表現していくんだよ」

 アミの説明はよく理解できた。だって、ぼくじしん、気に入らないヤツを地上から消しさってやりたいなんて思うときもある(これについては、前に言ったよね)……もちろんただそう思うだけだけれど。でも中にはほんとうに出かけていって、それを行動にうつしてしまうひともいる。彼らは、愛の神よりはずっと、暴君の近くにいるんだ。

 ビンカが、暴君はどんなことをしているのかとたずねた。

「ヤツは暗闇の中から、きみたちの世界をあやつっているんだよ。ヤツはまず、人々の中のいちばん暗いところからむしばんでいくんだ。とくに権力をもつひとたちはねらわれやすい。そうとわからないうちに、ヤツにコントロールされてしまってるんだ」

「つまり、わたしたちの世界のひとたちはみんな、彼に支配されているっていうことなの?」

「とんでもないよ、ビンカ。そんなことはない。たくさんの人々がよいことをしようとしている。人類や世の中にたいする責任感から、権力のあるポストをめざすひとたちだっているんだ。ほんとうの真実はなにかって教えたり、不正を食いとめようとしたりして、ものごとをよい方向にむけようとがんばる。でもそんなとき、暴君が彼らをメチャクチャにしようとするんだよ……」

「ウワー、なんていう悪党だ……」

「だから誠実なひとの仕事はラクじゃないんだ。いずれにしても、暴君のじゃまになるような、ほんとうの変化を求めるひとはほんの少ししかいないんだけど。でも、彼らがいなかったとしたら、ずっとむかしに人類はほろびていただろうね。だって、悪に対する歯止めや障害がなにもなかったことになるんだから」

「ああ……想像つくよ……でも、どうして悪に支配させたままにしておくひともいるの?」

「そういうひとは、自分の考えや野望がヤツによってそそのかされたものだということを知らないでいるからさ。それはちょうど、“悪魔つき”みたいなものだって考えたらいい。ヤツは戦争やテロ行為や狂信的行為に走らせたり、よその国を支配させようとしたり、はたまたワイロのやりとりをさせたりなんかもするんだよ」

「どうして、そんなことするの?アミ」

「暴君の目的はただひとつ、世界の平和をさまたげることだからだよ」

「ああ、だからこんなにたくさんのわざわいがあるんだわ」

 とビンカが言った。

 ぼくにはもうひとつはっきりしなかった。

「よくわからないな、どうして幸福があっちゃいけないの?アミ」

「病原菌とおなじで、消毒剤がきたらこまるんだよ」

「どういうこと?」

「幸福は愛から生まれる。愛は世界の光だよ」

「それで?」

「光にあたると死んでしまう病原菌がいるだろう。それとおなじで、ヤツも暗闇の中でしか生きられないんだよ、わかる?」

「うん、だいたい」

「エネルギーのことを言っているんだよ、ペドゥリート。ひとが幸せなときには高いエネルギーを発する。反対に幸せでないときはエネルギーや振動が低いんだよ。暗闇にいるひとたちは高い振動にたえられない。吸血鬼が太陽の光にたえられないのとおなじようにね。暴君は世界中が高いエネルギーに満たされることはどうしても許せないんだよ。だって、自分が死んでしまうからね。わかった?」

「うん、じゃ暴君は世界に不幸があるときだけ生きていけるんだ。だから、自分の領土で悪いことが起こるようにしむけるんだね」

「そのとおりだよ、ペドゥリート。でもほんとうは、ヤツがいるのはヤツじしんの領土じゃないんだ。暴君っていうのは家の中に侵入してくるネズミや伝染病とおなじで、侵入者なんだよ。ヤツがのさばっていられるのは、“世界の王”がやってくるまでだ。だって、“世界の王”こそ、ほんものの統治者なんだからね。むろん暴君だってそれをよくしょうちしていて、なんとか、“世界の王”のおとずれを阻止しようとしている。ことに、近ごろきゅうげきに光が増えているから、暗闇の陣営でもやっきになって抵抗しているんだ。だからいっぽうで美しいことがあるかと思えば、いっぽうでは、目をおおいたくなるようなことが起こってしまう。それはもともとは魂の中での戦争だったものが、やがて世界のできごとになってあらわれ出てきたものなんだよ、わかった?」

「うん、でもその“世界の王”って、だれのこと?」

「宇宙すべてを統治しているのとおなじ王、愛・愛の神のことだよ」

「じゃ、愛が宇宙のすべてを統治しているなら、どうしてぼくたちの惑星では、その悪が統治しているのを許しているの?」

「神がそれを許してるんじゃなくて、きみたちがそうさせてるんだよ」

「ぼくたちが?」

「もうきみたちに言ったように、神は一人ひとりの自由を、すべての人類の自由を尊重している。悪がきみたちの惑星やそこに住んでいるたくさんの人々の、そしてきみたちじしんの心の中を支配しているのは、きみたちがそれを許しているからなんだよ」

「ん~……たぶん、そのとおりだと思う……」

「だからこそ、暴君はそこにつけこむんだ。汚職をあおり、暴力をまねき、邪教集団やフーリガン(訳注:不良サッカーファン。熱狂のあまり試合を見てあばれたりする)なんかの“狂信的行為”をひき起こすのは、もとはといえば、きみたちが心の中にヤツの居場所をつくっているからなんだよ。それにきみたちはまだ、上質の人生というものを、ほんとうにはわかっていない。だから人生への注文が少ない。自分の意見をなにも言わないし、なにごとにつけ自分からは頭をつっこまないで、すべて他人まかせにするという、すばらしい“良識”をもっている。つまり、きみたちの世界は、きみたちがほったらかしてきたままになっているってことなんだ……」

「そうだね、アミ。ぼくたちはあまりに無関心だし、ラクすることしか考えてない。悪が支配するにはうってつけだ。地球がオフィルのようになる希望よ、アディオス・チャオ・さようならだ」

「でもどんな力にだって、それに反する力がある」

 アミはなにかぼくたちによいことを期待させるかのように、ほほえんだ。そして彼が計器盤をそうさすると、さっきとおなじガラスの画面に白い男があらわれた。かみをカールした、ニコニコした若い男で、まばゆいばかりにかがやく一本の金の剣を、両手でもっていた。

「なんて美しいの!」

 うっとりしたようすでビンカは言った。

「神の代理人だ。彼が侵入者を打ち負かすだろう」

 アミはかすかによろこびをにじませた表情でそう言った。

「つまり、この若者が、“ドラキュラ”を殺すってわけ?」

「というより、彼のほうが侵入者よりエネルギーがうわまわっているということなんだよ。くりかえすけど、どんなできごとだって、さいしょはまず人々の心の中、ハートの中で起こるんだよ。それから世界へと反響していくんだ。それはもう、宇宙の運命としてしるされていて、さけられないものなんだよ。ただ、問題は、いつ、どのようにして、そしてどのくらいの代償を支はらってか、ということなんだよ」

「アミ、もう少しよく説明してくれる?」

「なるべくはやく、スムーズに、そしてあんまり苦しまないで進化していけるように、きみたちは自分の役割を果たそうとがんばってくれているわけだけど……でも、ざんねんながら、その努力がむくわれて、ちゃんと進化できるかどうかは、まだわからないんだ。たとえ、明るいきざしはあるにしても」「それはどういうこと?」

「たくさんのひとたちが――その中にはとても重要で影響力のあるひともいるんだけど――善のために光のために、つかえている。暴君は日に日に領土を失なっているんだ。ヤツらはとうぜん、それを食いとめようとする。でも、意識に目ざめたひとたちの世界を支配することはむずかしい。だから、必死でその明晰な頭をくもらすようなものすべてを、誘発しているんだよ」

「けだもの!」

 ビンカはおこってさけんだ。

「そんなに攻撃的にならないでね、少し自制して

 とアミが言った。

「ごめん、でも頭にくるわ……」

「だからといって、罪のない動物たちと暴君をいっしょにして攻撃するのはよくないよ、ハッハッハッ」

アミは以前、100パーセントの悪人はいないって言ったことがある。ぼくはそれを思いだして言ってみた。

「ぼくは人間そのものについて話したんだよ、その実体でなくてね。その実体にとって人類の未来なんかどうでもいいんだ。いや、それどころか、その正反対だ。さっきも言ったけどヤツの目的は光がとどくのを阻止すること。だから、あらゆる手段を使って、あるおそろしい武器をまきちらそうとしているんだ。その武器は人々や世界の上に、いちばん暗い闇を、そしていちばん低いエネルギーや振動を生じさせるんだよ」

「その武器ってなんなの?アミ」

「麻薬だよ」

 とアミはぼくたちの目をしっかり見て言った。

 アミの口からその言葉を聞くのはおそろしかった。

「麻薬中毒の若者が多い世界は、未来が暗いよ。人類の敵があやつる人たちによって支配されるようになる。麻薬におかされると、人は知性がにぶり、感情がまひしてしまう。そうなるとそのひとじしんのいちばん低い次元と結びつき、そこで暴君は彼らを自分の思うようにあやつれるようになる。だからこそ、そういう状態にいるひとたちは、まわりのひとがびっくりするような犯罪をはたらいたりするんだよ」

 ぼくたちは身ぶるいした。

「彼らは、いってみれば犠牲者みたいなものなんだよ。かわいそうに、ネガティブなエネルギーが彼らめがけて集中するようになってしまって、まさに暴君のつごうのよいようになるんだよ。だって、世界の中で暗間が大きければ大きいほど暴君はより支配しやすくなるからね」

「ああ……わかるよ、アミ……」

「それから、もうひとつ、人々を“麻薬づけ”にするだけが暴君のやり方じゃない。利己的な主義主張でもって、暴力やはじ知らずな行為で戦わせるのも、ヤツお得意の手なんだよ」

「どういうこと?それ?」

「あるひとたちにとって、唯一興味あることはそのひとじしんだ。あるいは、そのひとの家族や子どもだけだ」

「それのどこが悪いの?」

「いや、悪くない。われわれが愛するひとはとうぜんのことながら面倒をみて、守らなければならない」

「じゃ、どこが悪いの?」

「その“唯一”という言葉だよ。野生の動物だって自分の子どもを守ろうとする。それはそうすべきだし、とうぜんのことだよ。逆にいえば、もし、そうしなかったとしたら、まったくひどい話だよ、そうだろう。でも、それ以外のひとのことはどうなの?……」

「ああ、なるほどね、わかったよ」

「いろいろな組織や団体やグループがあるよね。政党とか思想集団とかスポーツ団体とか。それだけじゃなくて、人種や民族や国籍や宗教、社会階級、あるいは会社や住んでいる場所――町とか村とか――でもいいんだけど、とにかくひとっていろんなところに属しているんだ。そして自分が属しているところには愛着がある。それもとうぜんのことなんだけど、それが暴君のねらいどころになりやすいんだ。ヤツは、“唯一”自分の属している“党派”だけが重要であり、それだけを守るべきだと人々に思いこませようとするんだよ」

「アミ、ぼくには応援しているスポーツチームがあるよ。試合に勝てばとてもうれしいし、会員になってお金をはらって、少しでもよい監督がやとえるようにしたいなんてさえ思う。これよくないことなの?」

「とんでもない、ペドゥリート。自分で選んだ“自分のもの”がうまくいくように協力することはいいことだよ。いや、必要なことというべきだね。だって、われわれの愛しているものは自分じしんの一部なんだからね」

「あーよかった」

「でも、それが“唯一”だなんて考えたら、他に対しての尊敬の念もなくなる。無関心、いやもっとよくない。憎しみ、いやがらせ、そして暴力のはじまりだ。暴君のわなにはまってしまったことになるんだよ。暴君はなによりも、仲たがいが大好きだしね」

「ああ、そうか……。じゃ、たぶん、暴君はぼくの中にもいるようだよ。だって、試合で相手チームが負ければって祈っているからね……」

 アミは笑いだした。

「それはふつうだよ。だってそれも競争のうちだからね。でもペドゥリート、正直いってそのチームが永遠に消滅したらいいって思う?」

 ぼくはトーナメントで“敵”のいないのを想像した。そうしたら一種のさびしさのようなものを感じた。だって敵側にも友だちが何人もいたからだ。勝っているとき、だれに対して得意げに笑ったらいいんだろう?負けたとき、だれに対してくやしがったらいいんだろう?そうしたら、その相手チームはぼくにとって大きな感動の泉だっていうことがわかった。そしてもし、彼らがいなかったとしたら、トーナメントは、なんだかつまらないものになってしまうだろう。

「ううん、いなくなられたらこまるよ。でも、もっときれいにやってほしいな。そして勝っても、そんなに思いあがるなよって言いたいよ!」

 それを聞いてアミもビンカも笑った。

「それは暴君に支配されていないしるしだよ」

「エッ!?どうして?アミ」

「もし、自分のライバルをこの世から完全に抹殺してやろうなんて望んだとしたら、そのときはもう、きみが暗闇にむしばまれているってことだよ」

「うわ……」

「ぼくたち、“上”の世界では、協力というのはあっても、競争というのはない。だけど、きみたちの世界のばあいはまだ、対抗意識というのがよい刺激になることもある。ある種の内的エネルギーを、戦争よりも害の少ない方向にむけてくれたりもするしね。でも、暴君はこの領域にまで入りこもうとしているんだ。そうして、あらゆるライバル――たとえば自分の応援しているスポーツチームの競争相手とか――を、自分の敵とか憎しみの対象にすりかえて、ときにはひと殺しまでさせる。“聖なる理由”“高貴な主義主張”があるんだと信じこませてね。こんなときこそ、平和と兄弟愛が、人類にとっていちばん必要になるんだよ」

「まったくだね、アミ」

「暴君はたくさんの悪知恵をもっていて、もうなんべんも言っているように、まず人々の頭やハートに働きかけ、そこから人々を混乱させようとするんだ」

「じゃ、暴君の信奉者に対してぼくたちも団結して戦いを……ああ、そうじゃない……そうじゃなくて教えてやることが必要なんだ……」

 アミはふたたび笑った。

「とうぜんだよ。“憎しみいっぱいの愛と平和の奉仕者”なんてね……これもやっぱり、暴君の犠牲者にほかならない。まずだいいちに、自分じしんが変わらなくてはね。より正しく、より正直に、よりやさしくね。そうしたらこんどは、その変化を外にむけて、意識を変えるのに役立つような知識を、人々に教えていくんだ。それがひろがっていくと、“狼”のしもべたちの数も日に日に少なくなっていって、いつか“狼”には、あやつれるひとも、食いつくひともいなくなり、そうして、人類にとって最後の変化がおとずれるんだよ」

「狼って、羽のかわりに毛のはえている、キアのチェグに似ている地球の動物でしょう?アミ」

「そうだよ、ビンカ」

「じゃ、かわいそうな狼を侮辱しちゃいけないわね」

 アミは目を大きく開け、おどろいたようにぼくたちを見た。そのようすはまるで、「自分はバカだ」とでも言っているようだった。だってアミも狼と暴君とをいっしょにして考えていたんだから。

 ぼくたちは、もうこれ以上笑えないくらいの大笑いをした。アミもまたまちがいをおかすんだということが、アミをいっそう身近な存在に感じさせた。




【感想】

 今回、ビンカのお父さんはテリでお母さんはスワマだとわかりました。地球でいうと、お父さんはゴリラでお母さんは人間、みたいな感じです。ペドゥリートと同じようにびっくりもしたけど、さらにびっくりしたのは、テリ(ゴリラ系)が2,3日でスワマ(人間)化していくという事実です。これは、生物学的に地球の常識では考えにくくて、おもしろかったです!


 そして、さらに、ビンカのお父さんがテリだとわかったことで、現在大人気の映画「国宝」とのテーマが重なりました。映画「国宝」のテーマは私個人的には「血か、芸か」というものだと捉えています。そこで、テリが父親であったとしても、その本人の意志の力で身体をも変えていかれるくらいの変容が可能なんだ、ということです。自分にはテリの血があるから無理なんだ、とういことはないのです!自分自身でなんでも変えられる!これはすごい勇気が出ることだと思います!


 もう一つは「暴君」のことです。ドラキュラみたいな「暴君」が全員の心の中にいて、それだけでなく「金の剣を持つニコニコした若者」も必ず心の中にいる、ということを知るといいということ。すでに人はみんな「暴君」の存在を自分で理解していて、それが怒りや憎しみとなって暴れ出すことにおびえています。繊細で優しい人ほどそうなりたくないでしょう。でも、そういう人も「金の剣を持つ若者」が必ず出てきてくれることを信じられるといいですよね!アミが伝えたいのはそのことだと思いました。


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