【朗読】30)『もどってきたアミ』第12章 キア、またいつの日か
- 学 心響
- 8月10日
- 読了時間: 12分
エンリケ・バリオス著の『もどってきたアミ』の朗読と個人的な感想です。
【文字起こし】
(漢字表記も含め全て原文のままです)
第12章 キア、またいつの日か
満面に笑みを浮かべながら、アミはぼくたちに言った。
「きみたちになにか質問される前に、まず遠隔催眠について説明しよう」
すぐにぼくはまたバカな質問をしてしまった。
「アミ、それってテリにも使えるの?」
アミは笑って、
「もちろん。遠隔催眠にせよ、暗示による催眠にせよ、彼らのような意識の水準の低い人の方がずっとかかりやすいんだよ。だから、宣伝やコマーシャルはそういうひとたちに対して、計り知れないような大きな効果があるんだ。進歩しているひとっていうのは、より意識が目覚めているからね」
クラト老人が笑いながら掘っ立て小屋に入ってきた。
テリがわたしたちを見つけてしまうのがこわくなかったのとビンカはクラト老人にたずねた。
「わしは、もうアミのトリックについてはちゃんと知っているからね」
と言って、過去にいちど、アミが逃走中の 四人のワコ……だかスンボ……だか――どちらだかいまははっきりはおぼえていない――を巡視隊の追っ手からどうやってすくったのかを語ってくれた。巡視隊はすみずみまでさがしまわったにもかかわらず、目の前にいた 四人を見つけることができなかったというのだ。
「わたしだったらぜったいにテリなんかたすけないわ。そうやって、おたがいに争って、はやく自滅してしまった方が、どれだけキアの平和のためになるかわからないわ」
とビンカが言った。
「テリとスワマは兄弟だよ。スワマには、テリを教えみちびき、保護する義務があるんだよ」
とアミが言った。
クラト老人はまるでとんでもないことを耳にしたと言わんばかりに、両手をひろげ、天をあおいでい言った。
「テリをみちびき、保護するだって!?なにもわかっちゃいないようだね、アミ。ヤツらは武器をもってわしらを支配しているんだよ。平和主義のわしら、スワマをね。わしらはヤツらのような物質主義者じゃない。目の色を変えて権力や金を求めない。それをいいことにヤツらは、わしらのことをバカで弱虫の劣等な人種とみなしているんだ。あんな物質主義者のテリをみちびいてやるなんてことは、いつになってもぜったいに不可能な話さ。
ヤツらのゆいいつ興味のあることといったら、テリ・ワコとテリ・スンボの戦いだけだ。その戦いのせいで、わしらの生活はまったく悲惨なものだよ。キアのすべての資源はみんな武器をつくるためにまわされてしまっているんだ。そうやってつくった武器をヤツらはいつか使いはじめるさ。そしたら、キアはすぐにでも自滅しちまうよ。」
「もし、きみたちがそうやってなにもしないでいたら、そのとおりになるだろうね」
とアミが言った。
「でも、わしらに一体なにができるっていうんだい?」
「彼らに平和や統一や愛のことを解いて教えてあげるんだよ」
それを聞いたクラトは嘲笑するように言った。
「テリにそんなことを言ったら、すぐに頭がおかしいことにされて病院にほうりこまれちまうのがおちだ。ヤツらにとって愛とはセックスを意味している。せいぜいが自分の家族に対する愛どまりだよ。たとえ同じテリどうしでも、いつもおたがいに、つめを立て牙をむき出しているんだから」
ビンカはクラトの言うことは正しいと言った。
アミは笑った。
「わしらは現実主義者だ」
アミはまた笑って、
「現実主義者だって?きみたちのキアが破滅寸前だというのに、手をこまねいているだけでなにもせず、それでほんとうに現実主義者だと思っているの?……」
「だって、ヤツらはわしらの言うことんかぜったい聞きやしないよ……」
「いや、聞くよ。もうすぐ彼らはおそろしい大失敗をやらかす。そうしたらきみたちの言っていることを聞きはじめるよ。もしそのとききみたちがいなかったとしたら、どうしたらいいかわからなくなって、彼らも、きみたちもいっしょに自滅する以外にすべがなくなってしまうよ」
「でも、そのときは、“宇宙親交”の円盤が、わたしたちをたすけにきてくれるんじゃないの?……」
ビンカが言った。
「自分たちの世界をよくするために、はたらいているひとたちだけを救済するんだ。自己救済だけをめざしている人じゃなくてね」
とアミが答えた。
「わしにはその世界のためっていうことがどうもよくわからんよ」
とクラトが小屋を出ながら言った。
「わしには、ただ幸福についてだけしかわからん」
アミは、ぼくたちのかたに手をかけて、いっしょに外にむかって歩きながら言った。
「それもとても重要なことだ。自分じしんに対する愛は、自分の幸福をさがすことにつながる。他人に対しての愛は、他人に奉仕すること、他人の幸福のためにはたらくことにつながる。この ふたつの力は、おたがいにバランスがとれているべきなんだ」
クラトは少し考えこんだあとで、頭をかきながら言った。
「思うに、わしはあまり他人のことについて考えたことがなかったようだよ。この山の中にこもったきりで……。アミ、どう思うかね?」
「考えることではなくておこなうことさ。いずれにせよ、きみはもうすでにひとのためにかなりのことをやっているよ、クラト。自分で意識していないだけでね」
「わしが?ホッホッホッ!まったく想像もできないよ。でもなにを?……」
「あの、いつか書いたやつ、なん年か前にぼくに読ませてくれた例の羊皮紙だよ。そのためにぼくたちはきているんだ。そこには、どうやって愛を手に入れるか、その方法が書いてあったね。ビンカもぺドゥリートもその方法を知らない。彼らはこれからおおぜいの人に読まれる本を書く。そこにきみの書いたことがのるんだよ。そしてそれが、結果としてたくさんの人をたすけることになるんだ」
クラト老人はアミの言っていることがまったく信じられない、すべてじょうだんだろう、といった表情をしていた。
「でも、わしにはそれが、そんなに重要なこととは思えないよ、アミ。だれだって知っていることだし……」
ビンカはクラトのまちがいを指摘した。
「もしその紙にほんとうにどうやって愛を手に入れるのかが書いてあるんだとしたら、重要じゃないなんて大まちがいよ。だれもが知っているわけじゃないわ。わたし知らないもの、それ」
「ぼくも知らないよ」
ぼくもクラトのその羊皮紙がはやく見たくて、ウズウズしながら言った。
「でも、とてもたやすいことだよ!」
老人には、自分の知っている知識がそんなに重要なことだとは、どうしてもなっとくできなかった。
「きみにとってはやさしいことでも、多くのひとにとってはそうじゃないんだよ。はやく小屋へ行って、羊皮紙をもってきて、この子たちに見せてあげてよ」
「わかった。わかったよ。でも、どこにおいたかな?エーと……ひょっとすると、チュミチュミが食べてしまったかもしれない。ホッホッホッ!」
老人は小屋の中に入っていった。アミはそのすがたをやさしい目で見送ると、ぼくたちに言った。
「世の中には、自分がやれることや、もっているものに対して、なんの価値もみいだせないひとがいる。また反対に、それらをじっさい以上に価値があると思いこんでいるひともいる。その両者とも正しくない。多くの人々にとって、ものごとの中にバランスのとれた中心点を見つけるのはたやすいことじゃないんだよ」
クラト老人がよごれた紙筒のように細くまるめられた羊皮紙を手にもどってきた。
「つぎの冬のために用意してある薪のあいだにはさまっていたよ。羊皮紙は火をつけるのに役立つからね。ホッホッホッ!」
紙筒を受け取ると、アミはそれを片手に持ち、もう片方の手で腰のベルトから小さな器械を取り出し、そのあとでその器械の前に羊皮紙をひろげた。写真を撮っているのかなとぼくは思った。
「登録しているんだ。この羊皮紙に書かれてあることはいま、“スーパーコンピューター”にインプットされたよ。クラト、もうこれでいつ燃やしたっていいよ」
「ダメよ、そんなこと!わたし、それ見たいわ」
とビンカがさけんだ。
「ここにオリジナルよりずっときれいで見やすいコピーがあるよ」
やがて器械のみぞから白い紙が出てきた。それは一種のフォト・コピーで、サイズをオリジナルより少し小さかった。ビンカはしきりにそれを読みたがった。
アミはほほえみながら、その紙をひろげて彼女に見せた。
「うわぁ!この言葉わからないわ!わたし」
とビンカは絶望的な声を出してさけんだ。
「ぼくはこれからこの訳を自分の手で書き上げなければならない。けっしてかんたんなことじゃないよ。そのうえぼくは字が上手じゃないし。でも、どうしてもきみたちの本にのせるためにも、それぞれの言葉に訳したものをつくらないといけないんだ」
ずっとあとで、この本の出版の準備をしているとき、アミの手書きのものをそのままのせたらいいのか、あるいは印刷の活字でいいのか、アミがどちらを望んでいるのか考えあぐねてしまった。けっきょく、ふたつの方法を取ることにした。そうすれば、読者もアミの字を目にすることができる。
この手書きのオリジナルは、神聖なものとして大事にとっておくことにした。なぜならこれこそ、アミが実在しているという、ゆいいつ目に見えるたしかな証拠なんだから。なのにいとこのビクトルときたら、相変わらずぼくの言うことを少しも信じようとせずに、ぼくがかってに字を変えて書いたんだと思っている。彼にとってこれはたんなるぼくの空想にしかすぎない。ほんとうにざんねんだけれど、しかたのないことだ。ただ信じられない彼が損するだけのことだ……。
「ほんとうにごめんね。字があまり上手じゃなくって。でも、想像してごらん。もし中国人の字で書かなければならないとしたら、それがどんなにむずかしいことか……」
「その中国人って、いったいなんだね?」
クラト老人が聞いた。
ビンカがまっ先に答えた。
「ペドゥリートの惑星のある国のひとたちのことよ。目がとても美しいの……こうよ」
と言って、両目をひとさし指でよこにつりあげた。
アミもぼくも笑ってしまったけれど、クラト老人は考え込んでしまった。
「アミ、もし、わしをきみのその空とぶ装置に乗せてくれたら、そういう目のばあさんと知り合いになれるかもしれない……。中国人てガラボロの辛子煮を食べるのかい?」
アミは大笑いしたあと言った。
「もし中国人がガラボロを食べないとしたら、それはガラボロがかんたんには手に入らないからだよ。もし、それが手に入るとなったら、彼らは何千種類もの料理法でそれを食べるだろう。彼らはじっさいなんだって食べるんだ!なんだってね」
「じゃ、中国人って、とてもいい感覚しているよ。こりゃ、どうしても、そこに行きたくなったよ」
と老人が言った。
ぼくにはクラトが食べ物に対してあまりにも貪欲な気がした。
「これがスワマ人の精神性だとしたら、いったいテリはどうなっているんだろう……」
アミが笑って言った。
「テリは人生を楽しむことを知らない」
と老人は言った。
「戦争や権力やお金のために、あまりにもいそがしすぎるんだ。そしてそれを手に入れたら入れたで、こんどはもっと多くを手に入れようとして躍起になる。けっして人生を楽しむ時間なんかない。豊かな感覚というものがないんだ。あわれにも人生をまったく浪費しているんだよ……。
ところで、ガボロの辛子煮が待っているよ。いっしょにやろうや」
アミはクラトの“哲学”を笑って言った。
「この大食漢の老人は楽しむことしか考えていないようだね。たしかにそれは一面では正しいでも、あくまで一面ではだ。他人のことをまったく忘れてしまってはいけない。自分じしんとおなじように他人にも奉仕できるひとは、さいごには自分のことしか考えないひとよりも、ずっと多くのよろこびを手に入れることができるんだ。この老人はぼくの知るかぎりスワマの中でいちばん精神的じゃないね……」
「そうかもしれないよ。でも、わしの書いた紙っぺらが何千人もの人のためになるんだとしたら、ガラボロを楽しむ権利くらいは許されてもいいだろうよ。ホッホッホッ!さあ、中に入ろう。もういいかげんはらがへったよ」
クラト老人は小屋の中へ入ろうとしたが、アミはこう言った。
「クラト、ぼくは肉は食べない。それにわれわれはもう行かなくちゃならないんだ」
「ぼくもガラボロは食べない」
と、そのむかつくような鍋の中を いちども見ずにぼくも言った。
「クラト、ぼくには畑のムフロスで じゅうぶん満足だよ。ありがとう」
「きみたちが食べないというのなら、わしが ひとりで楽しむとするか。ホッホッホッ!でももう行ってしまうとはざんねんだ。いつかまたきみたちと会えるだろうね」
「クラト、きみも知っているように、ぼくはときどきここにくる。たぶんもう少し先になるだろうけど、この子たちをまたつれてくると思うよ」
ぼくたちはこうしてなごりを惜しみながらキアの隠者、老人クラトと別れた。
いま、彼のことを深い親愛の情をもってなつかしく思い出す。
あの、まったくかざり気のないふるまいにはとても好感がもてた。オモテもウラも秘密もないひとだった。彼のそばにいたときには、ぜんぜん評価できなかったのに、あとになってから、ようやく、あの短い出会いでは、かんたんにつかみきれなかった、彼独特の“次元”を理解することができるようになった。
ビンカは、さようならのあいさつとして老人の手にキッスをした。
彼の目にいっしゅん、なみだが光ったように見えた。でも、そのつらい別れをさとられまいとしてだろう、クラトはさいごのじょうだんを言った。
「お嬢さん、危険だよ。わしにそんなふうにキッスするなんて。わしのまわりには、いつもたくさんの崇拝者が群れをなして取り巻いているんだ。おまけにとてもしっと深い女ばかりでね……。だから、いまお嬢さんのいのちはとても危険な状況にさらされているんだよ!」
ぼくはおろかにも周囲を見まわした。
でも、そこを取り巻いていたのは、深く悲しい孤独だけだった。
【感想】
「テリ」を導くことが重要だと言うアミに、クラト老人は絶対に無理だ!と言っていました。確かに「テリ」に変化を及ぼすことはそう簡単ではないことなのだと想像します。ただ、だからと言って諦めてしまうことはもったいない、このまま一つの惑星が破滅に向かうことを見過ごすなんて、とアミは言います。ここで、アミはとても大切なことを教えてくれています。「自分じしんに対する愛は自分の幸福を探すことにつながる。他人に対しての愛は他人の幸福のためにはたらくことにつながる。このふたつの力は、バランスがとれているべきなんだ」と。このバランスをとるのが難しいですが、やっていたいです!
クラト老人は「どうやって愛を手に入れるのかが書いてある羊皮紙」を持っているというお話しが出てきました。ペドゥリートもビンカも早く読みたがったけど、クラト老人は自分の知っている知識が重要だとも思えていない様子で、食べられてしまったかもしれない、と軽く考えています。これは、みんな自分の「良さ」を「大したことない」と考えていることと似ているな、と思いました。当たり前すぎて、みんなできるよね?となることが多いですね!
今回の章ではその内容が明らかになりませんでしたが、「羊皮紙」の内容が楽しみすぎますね!
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