【朗読】19)『もどってきたアミ』第1部第1章 うたがいの気持ち
- 学 心響
- 5月25日
- 読了時間: 10分
エンリケ・バリオス著の『もどってきたアミ』の朗読と個人的な感想です。
【文字起こし】
(漢字表記も含め全て原文のままです)
遠く宇宙のかなた、地球よりはるかに進化した文明をもつ星から、とても知能のすぐれたノミがやってきて、地球の人間をテレパシーであやつりウラン鉱石を地球からはこび出させる……。ぼくのいとこは、こんな筋の、じつにバカバカしい小説を書こうとしていた。
ぼくにはあまりにもマンネリ化したたいくつな、しかもとてもグロテスクなものに思えた。それを知って、彼は気分を害した。
彼は、ぼくとアミとの冒険がひょっとして夢じゃなかったのか、いままでいちどもうがったことはなかったのかと聞いてきた。ぼくは、さいしょまったく相手にしなかった。でも、彼はしつこくなんども聞いてきて、夢ではなく現実であることの証拠を求めてきた。
ぼくは、アミがくれた宇宙の"クルミ"をおばあちゃんが食べたことを話した。そこで、ふたりしておばあちゃんにその事実をたしかめに行くことにした。
「おばあちゃん、ビクトルはほんとうにバカなんだよ。アミからもらった"クルミ"のこと、みんな夢だなんて言うんだから。おばあちゃんからはっきり言ってあげて。ねえ、ほんとうに"宇宙のクルミ"食べたよね?」
「なんのクルミだって?ペドゥリート」
「宇宙のクルミだよ、おばあちゃん」
「いったい、いつのことだい?」
と大きな口をあけておどろいたように言った。
これを聞いたビクトルは、ぼくをバカにしたように見ながら、勝ちほこったような笑みを浮かべた。
「いちばんさいごに海に行ったときのことだよ。おぼえているでしょう?ビクトルに話してあげてよ」
「ふたりとも知っているだろうけど、あたしゃ近ごろもの忘れがひどくてね。きょうだってさいふをスーパーに忘れてきてね……。牛乳屋さんが集金にきたとき、家の中をそこいらじゅうさがしまわったけど、どこにも見あたらなくてね……」
「でも、おばあちゃん、宇宙のクルミ食べたのはおぼえているでしょう?とってもおいしいって言ってたじゃない」
「……牛乳屋さんに、いっしょに肉屋まで行ってもらったんだけどなくってね……。じゃスーパーだと思って行ったら、やっぱりそうだったよ。サトゥルニーノさん、とてもいいひとだからね。ちゃんとあたしのさいふ、とっておいてくれてね……」
なんとか思い出してもらおうと何十回とこころみたけれども、おばあちゃんはまったくなにもおぼえていなかった。まったく!
「へへヘーッ!どうだい」
とビクトルは勝ちほこったように言った。
「証拠なんてなにもないじゃないか。あれはみんな夢だったんだろう?そう認めるんだね。とっても美しい話じゃないか。だから手伝ってあげたんだ。でもあれはたんなる空想、ファンタジーだよ」
ぼくはなにか別の証拠をさがそうと考えたけれど、悲しいことに、あのクルミ以外、アミは手にとってふれられるような、かたちある証拠はなにものこしてくれなかった。
ぼくはしばらく考えつづけた。すると、いっしゅん、頭の中にひと筋の光がさしこんだように感じた。
「あった!」
「なにがあったんだい?」
「アミが帰ったとき、温泉場にいたたくさんのひとたちが"UFO"を目撃しているんだ」
これでやっとぼくが正しいことが証明できると思った。にもかかわらず、ビクトルには動じる気配はみじんもなかった。
「たしかにあの日、なにかが空にあらわれたのは知っているよ。ハハーッ、ペドゥリート。あれからヒントを得てあの話をつくったんだな、そうだろう?」
「そんなことないよ。証人もいるんだしね」
「空には正体不明の光がゴマンとあらわれているんだ。だれもそれがなんなのかを、はっきりとは説明できないんだ。大気中の光の屈折か、プラズマか飛行機か、空にとつぜんあらわれた異様な光としか言いようがないね。でも、あれを空とぶ円盤に結びつけるとは、そうとうに話が飛躍していると思うよ。おまけに宇宙人と話をしただの、あげくの果てにほかの星に行ったとはね。じょうだんもいいかげんにしてもらいたいね。たぶんおまえは将来、りっぱな空想作家になれると思うよ、ペドウリート。でも、現実と空想をごっちやにしてもらってはこまるんだ。気がふれたと思われて、病院に入れられちゃうよ……」
「でも、ほんとうだよ。ほんとうなんだ!」
「証拠は!?」
と、いとこはつよく要求してきた。
「みんな夢だったんだろうよ。きっと夢と現実をとりちがえているんだよ。よく考えてごらん……ぺドゥリート」
彼の言うことなんか認めたくなかった。ぼくはビクトルに、つかれているから小説のつづきはあすにしよう、と言ってその場は別れた。
でも、その夜、ひとりになってから、はじめてアミとのことをうたがった。
もし、ほんとうにビクトルの言うようにすべて夢だったのだとしたら?……
そんなことはありえない。……でも、いったい、どこに証拠があるっていうんだ?……
その夜、ぼくは、あれこれ思いなやんでしまってねむれなくなり、なにか証拠をさがすために、また『アミ小さな宇宙人』を読み返してみた。
こんなに注意深く、すみずみまできちんと読んだのは、はじめてだったと思う。そして、いちばんさいごのところへきて、ついに反論できるたしかな証拠をつかんだ。あの海岸の岩にきざみこまれているハートのマークだ!そうだ!あれだ!
アミの着ていた白い服の胸のシンボルマーク――円にかこまれた翼のはえたハートのマーク、アミがあとで、愛によって結ばれた人類という意味だと説明してくれたあのマークだ。まるで、鋳造したように岩にきざまれていた。ぼくはなんどもそれを見ている……それとも、あれも夢だったというのだろうか……???
確信がもてなかった。だって、ぼくのおばさんは細かいところまではっきりした、とても長くて、しかもちゃんと"ストーリーのある"夢を見るって言っていた。まるでテレビの連続ドラマのように、翌日には前の夜のストーリーとちゃんとつながった夢を見るって。
アミとぼくとの出会いも、なにかそれと似たようなものだったのだろうか?……。
いや、そんなはずはない。夢じゃないということをはっきりさせる、ゆいいつの方法は、あの海岸にある岩のマークをたしかめることだ。
もし、ハートがそこにほんとうにあったとしたら、アミのことも、そのほかのこともすべて、まぎれもない事実だということが証明できる。でももしもなかったとしたら……たんなる美しい夢、夢にすぎなかったということなのだ……。
翌日、ぼくはいとこに会ったとき、さっそくこう言った。
「ビクトル、証拠があるよ」
「なんだい?」
「ぼくとアミとの出会いは、ほんとうのことだよ」
「どうして?」
いとこは、ほとんどまじめにとりあおうともせずに言った。
「海岸の岩にきざまれているハートのマークだよ」
「なに言ってんだよ。みんなつくり話だ!もういいかげんに忘れろよ。そんなことよりペドゥリート、小説のつづきをしようよ。ずっと考えていたんだけれど、知的なノミをよりもサソリのほうがいいと思うんだ……」
「その前に海へ行こうよ。ビクトル。新車を買ったばかりなんだし……」
「バカなことを言うな!ここから海まで百キロ以上もあるんだぞ。いそがしくってそんなひまなんかないよ。それに夢見がちな子どものつくり話なんかに、いちいちつき合っちゃいられないよ」
「そんなこと言って……。でも、小説を書くことには興味があるんだろ?」
「生意気だぞ、それとこれとは別問題だ。おれは自分の小説の練習のために、おまえのつくり話を書くのに協力しただけさ。でもものごとをいっしょくたになんかしていないよ。おまえのはすべてフィクション。想像の産物、つくり話だよ」
「ほんとうのことだ!!」
ぼくは思わずさけんでいた。
ビクトルはぼくを非難するような目つきで見てから、こう言った。
「ほんとうにおまえの頭、だいじょうぶか?おれは心底心配になってきたよ、ペドゥリート」
彼のぼくをいたわるような、保護者みたいな声は、ぼくを不安にさせた。ひょっとして、ほんとうにぼくは気がふれているのではないか、そう思ったらおそろしさでいっぱいになった。だからこそ、一刻も早く、このうたがいに終止符を打ちたかった。
「ビクトル、じゃ、こうしよう。これから海岸へ行って、もしハートがなかったとしたら、すべて夢なんだから、ぼくはもうこれ以上、この件にかんしてなにも言わないよ。でも、もしほんとうにあったとしたら……」
「おまえも、しつこいヤツだなあ。わかったよ。そんなに行きたいなら、今年の夏につれていってやるよ」
「今年の夏だって!? まだ六カ月も先のことじゃないか!」
「がまんしろよ。夏になったら、はっきりさせてやるよ。だからいまは、この小説をつづけよう。えーと……テレパシーの能力があるサソリがだ……」
ぼくは、冷たくて、ぶあついざんこくなかべにつきあたったような気がした。カーッと頭に血がのぼった。
「わかったよ。じゃ、ぼくひとりで行ってやる。ひとりで家をとび出して、なんとか海までたどりついてやる!ぼくはそんなバカバカしいサソリなんかに興味はないよ!もうこれ以上、ぜったいに小説の手伝いなんかしないから!」
「おお、なんだか、きょうは日が悪い。もう帰ったほうがよさそうだ」
ビクトルは、ぼくのこうふんしたようすを見て言った。
「あす、また寄ってみるよ。じゃ、おやすみ」
と、帰っていった。
「もうこなくていいよ!!」
ぼくは彼の背中にむかってさけんだ。
それから、自分のへやに閉じこもり、ベッドの上によこたわった。なみだがあふれ出す寸前だった。正直言ってちょっとだけ泣いた。ほんのちょっとだけ……。でも男は泣いちゃいけないんだ。
その夜、ぼくはだれかにぐちったり、めめしく泣いたり、悲観して投げやりになったりするかわりに、別のことをした。ぼくは、暗闇の中で目を閉じて、一時間以上も、海岸にたどりついた自分のすがたを、頭の中で想像しつづけた。
その翌日の午後、ビクトルが口笛を吹きながらあらわれた。
「はじめようぜ!」
まったくなにごともなかったかのように言った。
ぼくは、ちょっと距離をおいて、冷たく言った。
「ビクトル、悪いけどぼくはきょう、やらなくちゃならないことがたくさんあってね」
と地理の教科書を開いて勉強するふりをした。
「ああ、そう。でもほんの一時間でいいよ。いいアイデアが浮かんだんだ。テレパシーのサソリと善玉オフィル人との戦いだよ……」
ぼくは全身の血が煮えたぎったようにはらが立った。もう爆発寸前だったが、かろうじて自分をおさえ、なんとか平静さをよそおった。
「ムリだよ。じゃまたね」
「ふーん……。きのうのこと、まだおこっているな」
「ステップとは平らな荒地がひろがった地帯で……荒地、荒地が……」
「ふーん……。わかったよ。じつはずっと考えていたんだ。海岸で少し休養するのも悪くないだろうってね……」
「エッ!?」
とつぜん、希望の光がさしこんだような気がして、ぼくはその日はじめて彼の顔を見た。
「金曜日の午後に行こう。テントやキャンプ道具一式もってね。ついでに海岸の岩にハートのマークがないことをたしかめることもできるしね。でも、そんなにおこっているんじゃしかたがないな……」
「おこっているって?なに言っているの。ぼくおこってなんかいないよ!」
ぼくは幸せいっぱいな気分で言った。
「でも、ビクトル。どうして、そんなにきゅうに意見が180度も変わったの?」
「変わったって?なーに、ゆうべ、一時間ほどおまえを海につれていってやるかどうか考えてたら、ねむれなくなっちゃったんだ。さいごにそうしようと決心したら、やっとねむりにつけたんだよ。少し気分転換が必要かもしれないしね。それにいつか、おまえがほんとうにおこって、おれの本が……いやおまえの本をおれが手伝えなくなるとね……」
そんなわけで、よくわからないけど、とにかく、ぼくたちは、金曜日の午後、荷造りをして、ビクトルの新車に乗りこみ、二時間ほどかけて、海岸まで行った。
幸せに満ちた気分で、爽快な潮風をからだいっぱいに吸いこんだ。アミと行った宇宙への旅が、ついきのうのことのように思い出された。
車からおりて、例の岩のほうをながめた。海岸の上空に出している小さな宇宙人の"UFO"が見えるような気がした……。
【感想】
「うたがいの気持ち」を一度もってしまうと、それがどんどん勝手に膨らんでいくことはあります。わたしたち読者は本当だということを「知っている」側なので、ペドゥリートの「うたがいの気持ち」が膨らんでいくことには冷静に見ていられます。だから「わかるー!」などと思いながら読み進めましたが、当事者にとっては全く冷静でいられないですよね💦
わたしたちの日常にもこういった「うたがい」「不安」「怖れ」はたくさんあります。ほぼそれで埋め尽くされる時期もあると思います。大切なのはその気持ち(うたがい)を「受け入れる」ことだと思っています。わたしはこうやって、ペドゥリートを客観的に見て気づかせてもらっているんだな、と有り難く思います。「人の振り見て、我が振り直せ」ということですね!
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