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【朗読】19)『もどってきたアミ』第1部第1章 うたがいの気持ち

エンリケ・バリオス著の『もどってきたアミ』の朗読と個人的な感想です。







【文字起こし】

(漢字表記も含め全て原文のままです)


 遠く宇宙のかなた、地球よりはるかに進化した文明をもつ星から、とても知能のすぐれたノミがやってきて、地球の人間をテレパシーであやつりウラン鉱石を地球からはこび出させる……。ぼくのいとこは、こんな筋の、じつにバカバカしい小説を書こうとしていた。

 ぼくにはあまりにもマンネリ化したたいくつな、しかもとてもグロテスクなものに思えた。それを知って、彼は気分を害した。

 彼は、ぼくとアミとの冒険がひょっとして夢じゃなかったのか、いままでいちどもうがったことはなかったのかと聞いてきた。ぼくは、さいしょまったく相手にしなかった。でも、彼はしつこくなんども聞いてきて、夢ではなく現実であることの証拠を求めてきた。

 ぼくは、アミがくれた宇宙の"クルミ"をおばあちゃんが食べたことを話した。そこで、ふたりしておばあちゃんにその事実をたしかめに行くことにした。


 「おばあちゃん、ビクトルはほんとうにバカなんだよ。アミからもらった"クルミ"のこと、みんな夢だなんて言うんだから。おばあちゃんからはっきり言ってあげて。ねえ、ほんとうに"宇宙のクルミ"食べたよね?」

 「なんのクルミだって?ペドゥリート」

 「宇宙のクルミだよ、おばあちゃん」

 「いったい、いつのことだい?」

 と大きな口をあけておどろいたように言った。

 これを聞いたビクトルは、ぼくをバカにしたように見ながら、勝ちほこったような笑みを浮かべた。

 「いちばんさいごに海に行ったときのことだよ。おぼえているでしょう?ビクトルに話してあげてよ」

 「ふたりとも知っているだろうけど、あたしゃ近ごろもの忘れがひどくてね。きょうだってさいふをスーパーに忘れてきてね……。牛乳屋さんが集金にきたとき、家の中をそこいらじゅうさがしまわったけど、どこにも見あたらなくてね……」

 「でも、おばあちゃん、宇宙のクルミ食べたのはおぼえているでしょう?とってもおいしいって言ってたじゃない」

 「……牛乳屋さんに、いっしょに肉屋まで行ってもらったんだけどなくってね……。じゃスーパーだと思って行ったら、やっぱりそうだったよ。サトゥルニーノさん、とてもいいひとだからね。ちゃんとあたしのさいふ、とっておいてくれてね……」


 なんとか思い出してもらおうと何十回とこころみたけれども、おばあちゃんはまったくなにもおぼえていなかった。まったく!

 「へへヘーッ!どうだい」

 とビクトルは勝ちほこったように言った。

 「証拠なんてなにもないじゃないか。あれはみんな夢だったんだろう?そう認めるんだね。とっても美しい話じゃないか。だから手伝ってあげたんだ。でもあれはたんなる空想、ファンタジーだよ」


 ぼくはなにか別の証拠をさがそうと考えたけれど、悲しいことに、あのクルミ以外、アミは手にとってふれられるような、かたちある証拠はなにものこしてくれなかった。

 ぼくはしばらく考えつづけた。すると、いっしゅん、頭の中にひと筋の光がさしこんだように感じた。

 「あった!」

 「なにがあったんだい?」

 「アミが帰ったとき、温泉場にいたたくさんのひとたちが"UFO"を目撃しているんだ」

 これでやっとぼくが正しいことが証明できると思った。にもかかわらず、ビクトルには動じる気配はみじんもなかった。

 「たしかにあの日、なにかが空にあらわれたのは知っているよ。ハハーッ、ペドゥリート。あれからヒントを得てあの話をつくったんだな、そうだろう?」

 「そんなことないよ。証人もいるんだしね」

 「空には正体不明の光がゴマンとあらわれているんだ。だれもそれがなんなのかを、はっきりとは説明できないんだ。大気中の光の屈折か、プラズマか飛行機か、空にとつぜんあらわれた異様な光としか言いようがないね。でも、あれを空とぶ円盤に結びつけるとは、そうとうに話が飛躍していると思うよ。おまけに宇宙人と話をしただの、あげくの果てにほかの星に行ったとはね。じょうだんもいいかげんにしてもらいたいね。たぶんおまえは将来、りっぱな空想作家になれると思うよ、ペドウリート。でも、現実と空想をごっちやにしてもらってはこまるんだ。気がふれたと思われて、病院に入れられちゃうよ……」

 「でも、ほんとうだよ。ほんとうなんだ!」

 「証拠は!?」

 と、いとこはつよく要求してきた。

 「みんな夢だったんだろうよ。きっと夢と現実をとりちがえているんだよ。よく考えてごらん……ぺドゥリート」


 彼の言うことなんか認めたくなかった。ぼくはビクトルに、つかれているから小説のつづきはあすにしよう、と言ってその場は別れた。

 でも、その夜、ひとりになってから、はじめてアミとのことをうたがった。

 もし、ほんとうにビクトルの言うようにすべて夢だったのだとしたら?……

 そんなことはありえない。……でも、いったい、どこに証拠があるっていうんだ?……

 その夜、ぼくは、あれこれ思いなやんでしまってねむれなくなり、なにか証拠をさがすために、また『アミ小さな宇宙人』を読み返してみた。

 こんなに注意深く、すみずみまできちんと読んだのは、はじめてだったと思う。そして、いちばんさいごのところへきて、ついに反論できるたしかな証拠をつかんだ。あの海岸の岩にきざみこまれているハートのマークだ!そうだ!あれだ!

 アミの着ていた白い服の胸のシンボルマーク――円にかこまれた翼のはえたハートのマーク、アミがあとで、愛によって結ばれた人類という意味だと説明してくれたあのマークだ。まるで、鋳造したように岩にきざまれていた。ぼくはなんどもそれを見ている……それとも、あれも夢だったというのだろうか……???

 確信がもてなかった。だって、ぼくのおばさんは細かいところまではっきりした、とても長くて、しかもちゃんと"ストーリーのある"夢を見るって言っていた。まるでテレビの連続ドラマのように、翌日には前の夜のストーリーとちゃんとつながった夢を見るって。

 アミとぼくとの出会いも、なにかそれと似たようなものだったのだろうか?……。

 いや、そんなはずはない。夢じゃないということをはっきりさせる、ゆいいつの方法は、あの海岸にある岩のマークをたしかめることだ。

 もし、ハートがそこにほんとうにあったとしたら、アミのことも、そのほかのこともすべて、まぎれもない事実だということが証明できる。でももしもなかったとしたら……たんなる美しい夢、夢にすぎなかったということなのだ……。 

 翌日、ぼくはいとこに会ったとき、さっそくこう言った。

 「ビクトル、証拠があるよ」

 「なんだい?」

 「ぼくとアミとの出会いは、ほんとうのことだよ」

 「どうして?」

 いとこは、ほとんどまじめにとりあおうともせずに言った。

 「海岸の岩にきざまれているハートのマークだよ」

 「なに言ってんだよ。みんなつくり話だ!もういいかげんに忘れろよ。そんなことよりペドゥリート、小説のつづきをしようよ。ずっと考えていたんだけれど、知的なノミをよりもサソリのほうがいいと思うんだ……」

 「その前に海へ行こうよ。ビクトル。新車を買ったばかりなんだし……」

 「バカなことを言うな!ここから海まで百キロ以上もあるんだぞ。いそがしくってそんなひまなんかないよ。それに夢見がちな子どものつくり話なんかに、いちいちつき合っちゃいられないよ」

 「そんなこと言って……。でも、小説を書くことには興味があるんだろ?」

 「生意気だぞ、それとこれとは別問題だ。おれは自分の小説の練習のために、おまえのつくり話を書くのに協力しただけさ。でもものごとをいっしょくたになんかしていないよ。おまえのはすべてフィクション。想像の産物、つくり話だよ」

 「ほんとうのことだ!!」

 ぼくは思わずさけんでいた。

 ビクトルはぼくを非難するような目つきで見てから、こう言った。

 「ほんとうにおまえの頭、だいじょうぶか?おれは心底心配になってきたよ、ペドゥリート」


 彼のぼくをいたわるような、保護者みたいな声は、ぼくを不安にさせた。ひょっとして、ほんとうにぼくは気がふれているのではないか、そう思ったらおそろしさでいっぱいになった。だからこそ、一刻も早く、このうたがいに終止符を打ちたかった。

 「ビクトル、じゃ、こうしよう。これから海岸へ行って、もしハートがなかったとしたら、すべて夢なんだから、ぼくはもうこれ以上、この件にかんしてなにも言わないよ。でも、もしほんとうにあったとしたら……」 

 「おまえも、しつこいヤツだなあ。わかったよ。そんなに行きたいなら、今年の夏につれていってやるよ」

 「今年の夏だって!? まだ六カ月も先のことじゃないか!」

 「がまんしろよ。夏になったら、はっきりさせてやるよ。だからいまは、この小説をつづけよう。えーと……テレパシーの能力があるサソリがだ……」

 ぼくは、冷たくて、ぶあついざんこくなかべにつきあたったような気がした。カーッと頭に血がのぼった。

 「わかったよ。じゃ、ぼくひとりで行ってやる。ひとりで家をとび出して、なんとか海までたどりついてやる!ぼくはそんなバカバカしいサソリなんかに興味はないよ!もうこれ以上、ぜったいに小説の手伝いなんかしないから!」

 「おお、なんだか、きょうは日が悪い。もう帰ったほうがよさそうだ」

 ビクトルは、ぼくのこうふんしたようすを見て言った。

 「あす、また寄ってみるよ。じゃ、おやすみ」

 と、帰っていった。

 「もうこなくていいよ!!」

 ぼくは彼の背中にむかってさけんだ。

 それから、自分のへやに閉じこもり、ベッドの上によこたわった。なみだがあふれ出す寸前だった。正直言ってちょっとだけ泣いた。ほんのちょっとだけ……。でも男は泣いちゃいけないんだ。

 その夜、ぼくはだれかにぐちったり、めめしく泣いたり、悲観して投げやりになったりするかわりに、別のことをした。ぼくは、暗闇の中で目を閉じて、一時間以上も、海岸にたどりついた自分のすがたを、頭の中で想像しつづけた。


 その翌日の午後、ビクトルが口笛を吹きながらあらわれた。

 「はじめようぜ!」

 まったくなにごともなかったかのように言った。

 ぼくは、ちょっと距離をおいて、冷たく言った。

 「ビクトル、悪いけどぼくはきょう、やらなくちゃならないことがたくさんあってね」

 と地理の教科書を開いて勉強するふりをした。

 「ああ、そう。でもほんの一時間でいいよ。いいアイデアが浮かんだんだ。テレパシーのサソリと善玉オフィル人との戦いだよ……」

 ぼくは全身の血が煮えたぎったようにはらが立った。もう爆発寸前だったが、かろうじて自分をおさえ、なんとか平静さをよそおった。

 「ムリだよ。じゃまたね」

 「ふーん……。きのうのこと、まだおこっているな」

 「ステップとは平らな荒地がひろがった地帯で……荒地、荒地が……」

 「ふーん……。わかったよ。じつはずっと考えていたんだ。海岸で少し休養するのも悪くないだろうってね……」

 「エッ!?」

 とつぜん、希望の光がさしこんだような気がして、ぼくはその日はじめて彼の顔を見た。

 「金曜日の午後に行こう。テントやキャンプ道具一式もってね。ついでに海岸の岩にハートのマークがないことをたしかめることもできるしね。でも、そんなにおこっているんじゃしかたがないな……」

 「おこっているって?なに言っているの。ぼくおこってなんかいないよ!」

 ぼくは幸せいっぱいな気分で言った。

 「でも、ビクトル。どうして、そんなにきゅうに意見が180度も変わったの?」

 「変わったって?なーに、ゆうべ、一時間ほどおまえを海につれていってやるかどうか考えてたら、ねむれなくなっちゃったんだ。さいごにそうしようと決心したら、やっとねむりにつけたんだよ。少し気分転換が必要かもしれないしね。それにいつか、おまえがほんとうにおこって、おれの本が……いやおまえの本をおれが手伝えなくなるとね……」


 そんなわけで、よくわからないけど、とにかく、ぼくたちは、金曜日の午後、荷造りをして、ビクトルの新車に乗りこみ、二時間ほどかけて、海岸まで行った。


 幸せに満ちた気分で、爽快な潮風をからだいっぱいに吸いこんだ。アミと行った宇宙への旅が、ついきのうのことのように思い出された。

 車からおりて、例の岩のほうをながめた。海岸の上空に出している小さな宇宙人の"UFO"が見えるような気がした……。





【感想】

 「うたがいの気持ち」を一度もってしまうと、それがどんどん勝手に膨らんでいくことはあります。わたしたち読者は本当だということを「知っている」側なので、ペドゥリートの「うたがいの気持ち」が膨らんでいくことには冷静に見ていられます。だから「わかるー!」などと思いながら読み進めましたが、当事者にとっては全く冷静でいられないですよね💦

 

 わたしたちの日常にもこういった「うたがい」「不安」「怖れ」はたくさんあります。ほぼそれで埋め尽くされる時期もあると思います。大切なのはその気持ち(うたがい)を「受け入れる」ことだと思っています。わたしはこうやって、ペドゥリートを客観的に見て気づかせてもらっているんだな、と有り難く思います。「人の振り見て、我が振り直せ」ということですね!


 



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