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【フィーロジストのつぶやき】丘 誠さん ~オープンエンドの働き~ 


こんにちは。


少しご無沙汰しております。


心響学の事務局の丘です。


寒い日が続きますが、関東では少しずつ日があけるのが早くなってきている気がしています。


春はもうすぐでしょうか。



このブログを読んでくださっている方は、心響学に何らかの関係がある方だと思います。


月に1回位の頻度で集いに参加してくださっている方、会員の方、あるいは心響学にご縁のある方など、さまざまな立場の方がいらっしゃると思います。


いつも気にかけて頂き、そしてブログをご覧いただきありがとうございます✨


本日は、最近私が考えていることをなんとなく書いてみます。





日々、生活をしていると、いろんな人のいろんな話を聞きます。


世間話というより、もやっとされているときにお話し頂くことが多い印象もあり、


例えば職場では


「あの人は何考えているか分からない!」


「なんで同じミスを何度もするの!」


といった声がよくありますし、


仕事以外でも


「〇〇したいと思ってるけど、できない…」


「〇〇が△△なんですが、どうしたらいいと思いますか?」


といった相談を受けることがあります。


自分が忙しいと「そんなん、知らんがな」と思ってしまうこともありますが、


・体力と時間に余裕があるとき

・聞く立場にあるとき

・その人の話は聞くと決めているとき


は喜んで話を聞くようにしています(この考え方が良いか悪いかは別として)。



話を聞いていて思うのは、「この話、なんか別の人も言ってたな」ということが意外と多いことです。


私が話を聞く人は環境も年齢も立場もバラバラなので、環境の特徴というより、人の内側にある共通性なのだと思っています。


たとえば、

・仕事で成果を出したいけれど今のやり方に自信が持てない人


・やらなきゃいけないことがあるのにやる気になれない人


・第三者がいう事きいてくれなくてイライラしてしまう人


・あの人は私のことを嫌いに違いないと感じてしまう人


などなどなど




みんな自分なりの理想があって、その理想に対して真剣です。


だからこそ、理想がかなわないときに感情を伴った行動が出てくるのだと思います。


面白いのは、「自分は感情的な動きはしない」と思っている人ほど、感情的な動きをしてしまうことです。


そんな姿を見ていると、自分のことを客観的に見るのは本当に難しいのだと感じます。


私自身は、よくないタイミングで感情的になりそうなとき、一度立ち止まって客観的に自分を見るようにしています。


私は“コントロール”という言葉があまり好きではないので、自分の感情にはコミュニケーションツールとしてオープンエンドに働いてもらっています。


自分の感情なのに、どこか“自分でないもの”として扱うような感覚です。


距離を置くというか、役割を変えてもらうイメージに近いかもしれません。




日々を過ごす中で、言語化したかったことをまとめてみました。


どこかで誰かの役に立てば何よりです✨

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